GHOST
mj

ゴーストのようになりたい、と思っていた。ただ、ビルディングの屋上で風に吹かれながら、何かを考えているように、下界を見ている。
彼(彼女?)はすこし奇抜な服を着こんでいる。その格好で街中を歩くには、すこし恥ずかしいかもしれない。彼(彼女)の姿は下界の人間にはあまり目立たないが、気がついた人は、必ず彼を振り返った。
まるで天使ででもあるかのように、彼は食事をしない。それでもまれにお気に入りの喫茶店やカフェに出向くときもある。シアトルズベストのアップルタルトとコーヒーが彼の最近のお気に入りだ。
お金は落ちている硬貨を集めて、3ヶ月に1度くらいはそうして人間たちの間に降りてくる。

まだ小学校にあがる前の子どもたちには、彼の姿はよく見えた。その日は久しぶりにシアトルズベストへと行って、コーヒーを飲んでいたのだった。窓際に座って外を見ている彼のことを、母親と一緒に店に来ていた男の子がじっと見ていた。
オーダーする時の店員の様子は手慣れたもので、その服装に驚いたそぶりはすこしも見せなかった。
人口減少がニュースで取り上げられ、遠い国では戦争が起きている。そんな終末の中を、日々はあたりまえのように進んでいく。
彼は、といっても性別もよくわからないのだが、コーヒーを飲み終えると、自分をじっと見ていた男の子の視線に気づき、ニコッと微笑みを返すと、トレーを返却して店を出た。

革命軍東方地区戦後処理担当。それが彼の役職だった。だった、というのは、もう彼の仕事は終わっていたからだ。彼の服装はそのためだ。
彼はかすかに自分がだんだんと消えていっていることを思うのだった。
戦いは熾烈を極めた。いまでこそこうやってカフェに行き、のんびりコーヒーを飲むこともできるが、かつてはこれが裁きの日か、と思わせるものだった。多くの人たちが殺された。
自分を慕ってくれていた女の子もいた。彼女も殺された。
けれどいまではもう彼女は彼と一つになっている。
彼はまたビルディングの屋上で、鳥たちと一緒に下界を見下ろしていた。
「黄昏れるのが好きなんだね」と昔からかわれたことを、彼はすこし思い出した。

殺された女の子とはいろんな話をした。ヴァイオリンを習いたかった、とか、自転車が好きだった、とか。
女の子はもうすでに死んでしまったあとのことだ。
それでも世界から手繰るように、このイカれ気味のあたまが、彼女の思い出を再生させてくれた。
一緒にカフェに行ったりもしたし、海を見に行ったこともあった。ささやかな静かな思い出だ。
彼のそんなこまやかな思い出たちは、次第に雪のように消えていくのだった。彼自身も、この数々の犠牲の上に成り立った摩天楼の幻として、消えてゆく運命だ。
またどこかで次の生があるのか?ビルディングを軽く跳び上がり、夕陽が射している隣の建物へとうつる。
永遠を感じれた。彼女のことを好きだと思った。

偽史と電磁波まみれのここ。
もうこの地球は死んでしまっている。思い出がさまよい消えてゆく。けれど、革命は成功したのだ。そう、ぼくたちは消えてゆかなければいけない。


散文(批評随筆小説等) GHOST Copyright mj 2025-11-30 18:19:29
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