抒情詩 Ⅰ
岡部淳太郎

世界はすべて抒情詩。どこかで爆発音が聞こえる。ど
こかで常に人が死んでいる。赤黒い血が流れ、権力が
弱い者たちを掌握し、鴉がその黒さとともに不気味に
鳴いている。世界はすべて抒情詩。こんな時に不謹慎
だと、それもまた勝手な理屈のなかにある声がする。
それでも日々は無関係に訪れつづける。遠い対岸の炎
は映画の一齣のように眺められる。その悲惨への真面
目さを充分感じながらも、生活は滞りなく流れつづけ
る。世界はすべて抒情詩。詩は大きな現実に拮抗しう
るかなどということではなく、悲惨とは別の位置にあ
るからこそ、詩はそれらへの対抗となりうる。罪のな
い子供が泣き、その親もまた泣き、親子は泣きながら
死んでゆく。それでも世界はすべて抒情詩。悪ははび
こり、それへの正しい処罰もなく、わけのわからない
うちに時代はごうごうと流れ、積み上げてきた何かが
がらがらと崩れ、それらの事実は記録されては、うた
われる。世界はすべて抒情詩。いつかこんな光景を目
にしたことがあったと、予言のように語る者がいて、
そのかたわらで爆発音が聞こえ、人が斃れては死んで
ゆく。夢のようだ。鴉が鳴き、戦車が進む。すべては
この空の下で眺められ、宇宙からも観測される。すべ
ては抒 情詩。これらの悲惨のことわりすらも含んだ抒情詩。



(2022年3月)


自由詩 抒情詩 Ⅰ Copyright 岡部淳太郎 2025-11-16 13:59:45
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