海王星からの光の定期便
歌留多カタリ

戦い終えた獣のたてがみが北の空へとなびいていく
闇間に散る渡り鳥の影
海王星からの光の定期便を携えた郵便機のパイロットは
震える右手でジャイロスコープを暖め
左手は薄汚れた記憶のガラス窓を擦りながら
航路から逸れた小惑星の飛行を続けていた

局地戦が始まる前に
顔のない闇の兵士は枯葉の燃える森を越えていく
空腹と殺戮に苛まれ
ざわめく草原をかすめ
絞り出された血のしたたりを水のない心に沈める
操縦士の敵はいつも操縦士であることを
彼はよく知っている

あれは南へ向かう商隊の一列!
旅を溜め置くための塒(ねぐら)を定めるために
見知らぬ国の国境線が引かれていく
長い影の輪郭の内側で
幸福な駱駝と不幸な鮫が戦っている

閉じ込められた瞼の奧で燃えている
痛みと微熱
吹き出す汗に
引きずり出されたあの夏の半島が
あまたの夜と昼とを交換していく

このひとおもいに燃えつきる世界
放たれる一度きりの虹色とは
偶然と必然の現実的刹那に横たわる
星々の瞬き
生きている喜びのあとに
突然燃えあがる怒りの炎
死にたくなるほどでもない
ぼんやりとした不安にさえも
少しずつ人は魔法にかけられたみたいに
無口になっていく

閃光よりも俊敏に後悔よりも緩慢に
断続的に震える機体と翼をなだめながら
彼は生まれたての子どもの顔をして
握りしめた操縦桿をぐいっと下げ舵に転じた
稲妻の矢玉にブルブル震える方向舵
風圧に抗して膨らむ両翼
幸せの十字架の刻印をその胸腹にひるがえし
まっしぐらに薄明の半島めがけて裏返っていった

     ※

いま明け空と海のすき間に
捉えられた郵便機の機影が
砂浜をさまよう高校生の少女の耳もとに
乾いたエンジン音を撒きちらしていく

厚く盛り上がった死者たちの濡れた唇
だらりと垂れ下がる光のカーテン
ガタガタ震える遮風板に映りこんだ
つかの間の笑みが
濃い藍色の抜け落ちた水面をゆらめかせ
少女の肩の高さをかすめていった

機影は高浜海水浴場のはるか彼方
薄煙りの軍艦島を追い越していく
少女はそっと手を振って見送った

やがてしなやかな素足は波打ちぎわを駆けて
海王星からの光の定期便を拾い上げるだろう
そこには海王星の銀の水盤に光で書かれた
文字列が封印されているはずだ
ぼくらの中のもつれあった
糸くずを解きほぐすための

「さあきみも飛び立つんだよ いますぐに!
赤い網膜の奥で光り輝く
銀の翼の沈んでしまわぬうちに」
そよとも吹かぬ空間に
押し出されたかすかな声音

     ※

けれども今はもう
その声すら耳もとから遠のいて
吹き抜けていった
いくつもの季節風のはざまで
強く踏み潰したはずの足裏の蹉跌が
砂まじりの濁った水底を浚い
にわかに降り出した雨の中を走らせる
フロントガラス越しに見ていた
ワイパーに払われる雫と視界の左右に
吸い込まれていく風景のあいだを
いつまでもいったりきたりしている

雨の匂いとシュプレヒコ―ル
その青白い日々の中に何が生まれたのか
何も生まれなかった
ただ取り残された気持ちだけが
今も取り残されている

(光の文字列はここで途切れている)


それにしてもあの郵便機のパイロットは
星域の気圏をはみ出して相変らず無駄な飛行を
続けてるだろうなあ
今のところ、そいつには金も時間も
かからないとかいってたからさ

             2025-11 友人Оのために


自由詩 海王星からの光の定期便 Copyright 歌留多カタリ 2025-11-15 13:46:06
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