血は流れ続けながらすべてを飲み込む
ホロウ・シカエルボク


酩酊を思わせる振動がずっと続いていた、思いつく限りの暗色をすべて混ぜ合わせたみたいな空の色だった、何処かでずっと俺のことを見つめ続けている目があるような気がしていた、でもそんなことは別に初めてじゃないし、そんな感覚が本当に何か脅威となるような出来事などこれまでに一度も無かった、でもそれはこれからも起こり得ることではないという証明にはならない、だから俺はそれについてどちらとも言うことはない、そもそもどちらでもいい事柄でもある、とても省略された運命のようなものだと言えばそんな気もしてくるというものだ、占い師に訊いてみてもいいが、それがあてに出来るかどうかというのは気象予報士に明日の天気を訊くのと大して違いは無いだろう、それは間違いなく同じくらいの確率ではないのかと思える、どんな世界にだってノウハウというものはある、長いこと客商売をやっていれば、パッと見ただけでなんとなく人となりを理解出来るような感覚だって上達してくるだろう、いや、別にそんなことについて話したいわけじゃない、でも俺の話したいことなんかいつだって与太話よりはほんの少しマシという程度のものさ、振動はどこからやって来るのかわからなかった、俺は酒を飲んでいなかったし、三半規管その他に異常だってなかった、それは今日の午後気まぐれな友人のようにやって来て居座った、何が起こっているんだろうと俺は少し訝しんだが、それが俺を何処に連れて行くこともなさそうなのでまあ好きにすればいいさと放っておいた、それはずっと同じリズムで揺れ続けた、食事をしている時も、便所に居る時も、シャワーを浴びてる時もずっとだ、でもその後に続くものは何も無かった、目を回してぶっ倒れるとか、喀血するとか、だから俺は気にしないことにした、多分どこかのネジが少し緩んでるといったような細やかなバグなのだろう、不思議なもので長時間付き合っているとそれほど気にもならなくなる、俺はいつの間にかそれを感じつつも忘れ始めていた、夜の街路は中途半端な狂気で溢れていた、決して世界の外に飛び出すことのない狂気、自分は他のやつらとは違うんだと過剰に演出したがるのは、その実自分の中に何も無いことを知っているからに他ならない、髪型やピアス、タトゥーや派手なファッション、借りて来たみたいな人生訓、馬鹿でかい声、けたたましい靴音、俺にはそんな光景のすべてが高校生のクラスルームに見える、真面目ごっこ、不良ごっこ、ノーマルごっこ、奇人ごっこ、すべてがごっこの範疇なのさ、誰かがパンと手を叩けば覚める夢みたいなものだ、でも街中を闊歩するこんな連中には、手を叩いて目を覚まさせてくれる誰かが一人も居なかったのだろう、綺麗に着飾ってもストレートネックじゃ、勘違いした年寄にしか見えないというものだ、あと何年かすればこいつらの内の何人かも、二着で幾らのスーツを着て大人ごっこをしているかもしれない、テレビで流れているドラマみたいなものだ、どこかで聞いたことのある話、見たことのある芝居、前にもあったような大仰なエンディングテーマ、集団は安定を求める、集団こそが安定を求める、彼らのアイデンティティは集団という部分にしかない、どんなに高い建造物が空を埋め尽くしても、彼らは陰鬱な村のしきたりから逃れることは出来ない、皆と同じ顔をするんだ、皆と同じことをするんだ、皆と同じ言葉を話すんだ、同調することだけに特化して無駄に年齢を重ねていく、常に周りに合わせることをだけを考えて、そしてたった一人で死んでいくんだ、そう、一人になるのが怖くて仕方がないんだろう、孤立した途端に死んでしまう人間のなんと多いことか、俺は逆だった、同調するなんてまっぴらごめんだった、初めからずっとね、でも他に出来ることも無いからやっていた、毎日を違和感だらけで生きていたんだ、苦痛とかそういうものではなかったけれどただただ居心地が悪かった、ここは自分が居るべきところではない、思春期にありがちなアレだよ、ということはもしかしたら俺は思春期を終わらせることが出来なかったのかもしれないな、思い返してみれば若者らしきことなんて何もやって来なかった、このまま干乾びて死ぬんだろうなとか毎日考えていたよ、ま、そんなことはどうでもいい、ここは自分が居るべきところではない、それは結論として間違いじゃなかった、俺はちゃんと自分の居るべき場所を作り上げた、そして長いことそこに居座っている、ふと思ったんだけど、俺が自分の思考を書き出して曝している理由のひとつには、違う生き方だってあるんだよというのを窮屈な連中に示してみたいのかもしれないな、ま、それほど重要な項目では無いと思うけどね、結局それは自分で手に入れるしかないものなんだ、誰かに手を引かれてある程度行くことが出来たとしても、手が離れた途端に迷子になってしまう、自分でうたうことだよ、どんな考えも、イズムも、恥も、傷も、栄光も、自分自身の言葉でうたうことだ、そうすることで明日が生成される、自分が生きるためのものだ、バグだって条件のひとつだ、受け入れて進むだけだ、だからいつでも新しい何かが生まれる、意識も細胞も、骨格だって更新され続けている、その速度を捉えろ、食らいつくんだ、出来得る限りの感覚を総動員して、今そこにあるものを外界へ弾き出せ…気付けば振動はおさまっていた、時間は午前零時だった、もう部屋に帰ろう、そして眠りにつこう、昨日よりも気分のいい眠りは多分約束されている。



自由詩 血は流れ続けながらすべてを飲み込む Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-11-09 13:58:34
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