父の献立
たもつ



踏切で通過を待つ献立の色は
徐々に透明を重ねて
温かい食べ物が相応しい
そう思うと
環状線の列車が織りなす風が
調味料の先の方まで伸び
わたしもまた誰かの
呟きのようなものだった

ふと、息をしない瞬間
その瞬間の連続
父は夕食が好きで
特に雨上がりの
静かな献立が好きだった
わたしも一緒に食べ
美味しいという言葉も言った
整然と物や事が並べられた食卓
幼い、ただそれだけで
許されていた

海を見せてあげるよ
ある朝、父がそう言って
環状線に乗せてくれた
けれど準急列車は海に着くことなく
小一時間かけて
元の駅に戻るだけだった
怒ることもがっかりすることも
してはいけないと思った
父も何かに
許されたいのだと思った

循環、という言葉には小さな
痛みのようなものが含まれている
踏切で立ち止まり
目視できるところまで
枕木を数える
すべてを数えることが出来るならば
最後の一本は
わたしのすぐ後ろにある
空を見上げる
そこにはいつも水面があって
呼吸をする度
緩やかに溺れていく

父にも同じように
時々空を見上げる癖があった
脱脂綿のように涼し気な様子に
憧れもしたけれど
今ならわかる
溺れないようにすることで
多分精一杯だったのだ

幼いわたしが許されたように
父を許すことができるのは
わたししかいない気がした
それなのに父は
わたしが産まれる前に
大人になってしまった
一瞬にすれ違う車両から
微かに夕食の匂いがして
献立は色を取り戻していく
ひとつ
またひとつ
失うように
取り戻していく



自由詩 父の献立 Copyright たもつ 2025-11-07 05:28:27
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