わたしの白い馬
そらの珊瑚
夜空に雲たちが浮遊していたが
いくつかのそれは白い馬だった
わたしの馬はどれだろう
目を凝らしてみても
それらは似たりよったりで
見分けがつかない
夜に生まれたものたち
東の空に出たばっかりの
満月に一日足りないだけの明るい月の周りを
軽やかに駆けていた
いくぶんそこは重力と磁力が弱いのだろう
囚わるものから放たれ
自由な意志をもって
踊る絵画のようだった
翌朝
いつものようにわたしの白い馬は
うつつのマグカップに戻ってきていた
生きていたのに死んだように動かない
おかえりなさい、と朝に言うのは変だろうか
桃林さんは
そんなことない、
おかえりなさいは
いつ
どこで
だれがだれに何度言ってもいい言葉だよ、と
フレンチトーストをたべながら言った
メープルシロップはここ数ヶ月切らしていたが
けれどそれなしでも
もはやあのメープルの涙の芳しさを
わたしたちは
脳内で再現することができる
ここにいることと
失ってなお記憶に生きていること
窓際の虎の尾は酸素を吐いて
二人の息と交換してるステーション
桃林さんは
急いで口いっぱい頬張りすぎたものだから
甘く焦げ目がついたひとかけらの湿ったパンが
口元からころげ落ちた
ここはとても重力が効いているね
急ぐことなんて何もないのに
いきいそぐことなんてなんにもないのに