忍野
月乃 猫
今は昔の
語り継がれる泉の物語
朧な月光
旅人が、人里はなれた峠に迷い
闇は足元からしのびよる
憐憫の月明にしがみつき、藁ぶきの小屋にたどりつく
薄暗がりに
老婆が朽ち果てた戸をあけた
顔を手ぬぐいで覆ったその姿に
息をのみ、
「「 助かった、悪いが一晩泊めてくれ
灯りは、ぬくもりの眠りを誘い
小枝を跳ねる囲炉裏の火の向こう、
いつの間にか、老婆の呟きがとって変わった、
「「 ・・・あの年は、苦しみ 悲しく
消えることがなく ただ、それに慣れようとした
ふたたび 今生を繰り返す 暮らしを望んだ
それが ため
不死の身が欲しかった
命を 惜しんだ
だから 食ったんだよ
泉の黄金色の山女魚を、
それは 尽きることのない命をくれる
泉のその主を わしは食ったのさ
だからこの命は、いつまでも続くのさ
煙ぶる炎の揺らめき 老婆の
たわごと、
疲れの ねむりの頭で男は、
襤褸をまとった 小さな影をみつめた
老婆は、泉の 深い 底の色をした目で、
男を刺すようにみつめ
ゆっくりと 顔をおおう手ぬぐいを取り去った
そこには、
見たこともない 鱗の魚の顔が、
水のつめたさの眼差しで
男を見つめていた
恐ろしさに 小屋を飛び出した男は、
森のどこをどう歩いたのか、
夜明けまで、さまよい続け
朝焼けの中に やっと 人里らしきものを
見つけた そこで・・・
つづく