寝過ごす夢を見た
ただのみきや
ひとつの時が停滞し
その膝の上わたしは猫のよう
乳飲み子の舌の音
水の音色をさかのぼる
叢に覆われた
つぶれかけた空き家の中で
ひとりの少女に会った
帰る場所がないという
行き着くところはみんな一緒だよ
そうわたしが答えると
彼女はひどく嫌そうな顔
こわれた古い冷蔵庫に閉じこもった
夜のバス停で
ひとりの男に会った
答えが見つからないという
どこにも見つからないさ
おまえ自身が答えなんだから
世界は割り切れないってことの
そう答えると
男は怒って発光し
夜の峠を蛍みたいに上って行った
漁港の朝市で
すてられた魚のはらわたが話しかけて来た
おまえのことばから察すると
おまえはおれたちよりずっと頭が悪いだろう
わたしは答えた ああそうだ
そしてお前らよりずっと面白おかしく生きているって
察しもつくだろう
ことばにならない
ことばにおさまらないものをことばにする
だから
遠く近く見つめるようにこころに耳を当てるように
その横に立って視野を共有するように
少しでいいから察してみたい
字引のようにことばは追えても
こころや気持ちは香りのようにすりぬける
海が見える墓地で
サンカの娘と会った
他言無用の密会だと言う
彼女の顔は楼蘭の美女とよく似て
汚れた布で巻かれていた
彼女はわたしの手を引いて
墓地の前に敷かれた布団へと誘った
わたしたちは塵となりひとつに混ざり合った
空の布団がめくれ風が踊っていた
高い空から見下ろしていた
公園のベンチで
わたしは野良猫を膝に乗せた
撫でていると
いいのか? と問う声がした
猫は古い日本人形に変わっていた
いいさ 呪われたって歌ってる
なれた仕草で 不器用なまま
眠っているときに醒めていて
醒めているときに眠っている
なおさらあっという間 人生なんて
ことばにしてもしなくても
(2025年10月4日)