整えた銃なら当てることは難しくない
ホロウ・シカエルボク
いつかこの命の中に潜むものを白日のもとに曝さねばならないと気付いたとき俺は自分が生まれて来たわけを知った、たくさんの言葉が繰り返された、たくさんのシチュエーションが構築されては洗い直された、かたちの在り方、かたちの在り方が延々と模索された、それがすべてではないことはわかっていたけれど、それが出来上がらなければなにも始まらないだろうこともわかっていたのだ、前例の無いもの、見本の無いもの、テキストに成り得ないものに自分が挑もうとしていることは理解していた、けれどそれが具体的にどういうものなのかを把握するのには随分と時間がかかった、俺は始め、こんなに時間がかかるものだとは考えていなかった、勢いだけで書ききることが出来ていたせいもあった、それだけでは物足りなくなってきてからが本当の始まりだったのだ、俺はすべてを書こうとすることを止めた、ゆっくりと、ウォーミングアップを挟むように書くことを始めた、それは最初、俺を途轍もない不安へと連れて行った、こんなことでいいのか、今までと同じことをすればいいのではないかと何度も考えた、けれど、文章のペースを掴むにはそういう段階が必要なのだとわかってからは早かった、速度を求めなければひとつの文章の中でいろいろなやり方を試すことも出来た、闇雲に突っ込んでいた時代よりもそれは楽しかった、言葉を投げ捨てていた俺は言葉を隙間なく詰め込んでいくやり方にシフトしたのだ、でも勢いは死ななかった、隙間なく詰め込んだ分むしろ勢いは増した、それは冷静に展開される熱だった、俺はピンと張った細い糸を切らないまま張るようなやり方をとても気に入った、これは新しい武器になるだろうという確信があった、丁寧に組み上げていく言葉とイメージのパズルゲームだ、ひとつ間違えばそれまでのものがすべて台無しになる可能性すらある、いま使おうとしている言葉が次へと続くものなのかどうか判断を間違えることなく書き続けなければならない、言葉が、文章が求めている展開を見間違うことなく掴んでいかなければならない、最高にやりがいのあるゲームだった、俺の頭の中で展開され続けているイメージを放り出すのに最適なやりかただった、そして、一瞬のみを書ききればよかったそれまでよりも、もっと根源的なもの、もっと雄弁なものと対峙し探り合う必要があった、草原から林へ、林から森へと深度を増していったのだ、いままでよりも多くのものを拾うことが出来たし、いままでよりも難解な感覚をたくさん得ることも出来た、簡単に言えば、そこに足を踏み入れることは充分過ぎる見返りに恵まれることでもあった、ただし、なにもしくじることなく最後まで書き上げることが絶対条件だけど、俺はその心配はしていなかった、より書くことのためにこのやりかたを選択したのだから、それは他のどんなものでも得ることの出来なかった充実、高揚、成果だった、俺は自分が完成されたひとつの文章として成り立ち始めていることを知った、人生とは、人間とは奇妙なものだ、正解から目を背けて生きることこそ正解だと信じて疑わないやつが居たり、俺のように自分自身の正解に憑りつかれて遮二無二生き続けるやつも居る、どちらがどうなんていう話をするつもりはない、どうせそんな話は自分以外の誰をも納得させることは出来はしない、どんな選択をしようがしまいが、人は選択した人生を生きていくしかない、どんな人生を選ぼうと成果も後悔もあるだろう、ならば俺は自分自身の為の人生を生きたい、まあ、もともと俺はそれ以外に選ぶことは出来ない性分だからね、どんな人生を生きたとしても必ずどこかでここに辿り着いただろうさ、そういうことにかけては俺の目は曇ることがないんだ、いつだって自分がなにをするべきかはわかっていた、それにはとてつもなく時間がかかるだろうことも、だからそう、なにも出来なくても無駄に歳を取ることだけはやめようと思ったんだ、自分の為に生きるならそれ以外のことは信じてはいけないと思った、だってこの世界は、自分の為に人生を生きる仕様にはなっていないじゃないか、草食動物のように群れて同じものを食って同じ場所で眠って、強い敵からは逃げ回る、そんな連中が言い訳のように構築した常識とやらでがんじがらめになっているそんな世界、そんな場所で自分の為に生きることなんか出来るわけがないだろう、飢えてもいいと思った、肉体とプライドだけを肥え太らせる連中に染まるくらいなら、俺は随分と自分の命を眺め続けて来た、昔よりわかったこともあるしわからなくなったこともある、でもその時一番いいと思うものをチョイスし続ければ、必ず自分の魂に返って来る、俺は薄っぺらい調和の為の駒じゃないし、ましてや革命軍の旗持ちでもない、自分自身との闘いを続けていくだけさ、受けた傷から流れた血液でまだ見たこともないものを綴ろう、さあ見てくれ、覗いてみてくれよ、大量に揃えてあるぜ、悪いようにはしないよ、まだあんたが自分を諦めていないならね…。