山林
山人
山林整備作業三日目を終えた。たぶん別な作業も途中に入れられるだろうが、少なくともあと一か月は十分かかる作業であろう。十八ヘクタールという途方もない山林を刈り倒す作業は気が遠くなる。
四名のスタッフがいるが、私と同い年のkは腰の具合が良くないということで別作業に入っている。よって私より一回り以上若いNとSと三名で現場に入っている。私も変形性腰椎症であるから、疲れが溜まると腰や背中が痛む。よってなるべく無理な動きをしないように心掛けてはいるが、強烈な急斜面やジャングルのような激藪の中を刈り倒しながら作業する際にはやはり無理がかかる。帰ってから長湯をし湿布を貼ることが多い。
私はNとSの傍で作業しないことにしている。並んで作業しているとどうしても競争意識が働き、若いものに負けてたまるかという意識が生じ、必要以上に疲れてしまう。自分のペースで作業することで、あそこまで刈ったら休憩するという目標を立てながら作業できる。
近い現場なら昼は家に戻り昼食を摂るが、山林の中では弁当や握り飯を持って入る。おおむね十一時半には昼飯と決まっている。各自、車まで戻って昼飯を食う者、天気が良いときだけ昼飯持参で来る者など居るが、最近私はほぼ雨が降ろうが晴れていようが昼飯持参で山林に分け入っている。
二日目、雨予報ではあったが握り飯を二個持参し、昼飯を食っていた。雨は止んでいた。合羽を着たままだったのでゴミ袋を敷きものにし、握り飯を堪能していた。腹が減っていたのでとても美味かった。握り飯の具は梅干しとタラコだった。ただ、たっぷりと雨水が染みこんだ合羽の下の衣類は汗と蒸気で濡れ、不快極まりないものであった。
握飯を食べ終える頃、枯れ木にまとわりついた滑稽な何かの幼虫が盛んに触角を動かしているのが目に留まった。幼虫にしては芋虫型ではなく、成虫と幼虫のあいのこのような生き物で実に不気味な気持ち悪い形状である。仮に彼と呼ぶなら、彼は盛んに触角を動かし、次の着地点を探っているようなのだ。つまり彼は目を持たぬ(烈火か退化した?)生物であり、触角でしか着地点を探すことができないのであろう。動きは尺取り系の幼虫である。一つ尺をとるごとに触角を無意味に動かし、いちいち着地点を毎回毎回探りながら動いている。ただしかし、また無意味に方向転換し、行ったり来たりを繰り返している。いったい君は何がしたいのだ?と問うてみるが、彼は一向に苦にするでもなく延々と繰り返すのみである。気持ち悪い彼から視点を動かすと、まさに一本の棒のようにすらりとした身体の薄緑色の美しい尺取虫が尺をとっていた。これでもかというほど真っすぐに伸びた前足を次の着地点にしっかりと粘着し、後ろ足を引き寄せている。尺取虫というのは胴体の真ん中に足がないので、どうしてもああいったクネクネ運動になってしまうのだが、これまた実に目立つ動きなのは間違いない。将来は一律シャクガとなるのだが、どんな種なのかは興味すらない。あまり美しい所作なので、枯れた細い棒で美しい所作の彼をつついてみた。するとどうだ。美しい薄緑色の彼はするっと伸びたままの棒状になってしまった。まったく動かない。これはいわゆる擬態というものであろう。僕は生き物はありません、僕はただの緑の棒ですアピールなのであろう。一方の気持ち悪い系の彼は、少し位置を変えてはいたがまだ同じような場所にいた。彼らはこれからどのように活動するのであろうか。興味はあったが、どうにも寒くなってきた。
遠くで正午を知らせるチャイムが聞こえてきた。このまま、あと一時間じっとしていると寒さで体が利かなくなると思い、作業を開始した。
三日目、午前中は薄い藪を淡々と刈る。同じような斜面を行ったり来たりし、上部へと刈り進むのだが、単調なので時間が経つのが遅い。それでも我慢し、昼少し前に目標地点に到達し、再び下部の中間地点まで下がる。昼飯に適した場所を選定し、自分の荷物のありかを確認するための目印テープを木に巻き付ける。この日の昼飯はドカベンに冷凍飯を解凍したものを詰め込み、茄子の油味噌、タクワン、昆布の煮つけというおかずだったが、早い話が猫まんまのような色どりで、半分食って蓋をした。後は口直しに携行食のジャンボレーズンを口に放り込み甘みを楽しんだ。
午後からはジャングルのような密藪刈りである。前が見えない状態の密藪の整備は、密藪を一つの群落に区切り、間を網の目のように刈り倒していくという整備方法をとる。まるで迷路づくりをしているようで刃が切れれば意外と楽しめたりする。しかし、後半には次第に疲れからか刈り払い機を振る力も弱まってくる。この迷路を貫通させたら終わりにしようと仕掛かり、四時五分前に作業をやめた。それから給油、刃のメンテナンス、山中での刈り払い機の格納、汗で濡れた肌着を着替え現場をあとにした。