接吻
ただのみきや

海一枚めくると鈴生りの想い 孕んだ仕草が風に弾け
笑いの花びらを嘔吐するわたしには静寂が投函される
現実は一匹の魚のようで眼差しの中でいかようにも踊るもの
かわいた泥の身体を選択する者たちにはいったいどう映るのか
爪を噛む男が木星行きの舟に乗ろうとして曲尺とコンパスの
隙間から覗いている 未来から剥離したイメージが
ねじれに身を任せ過去へと転生した 地図から起き上がる死者の
舌に入れ墨された木霊から駆けて来る少女の心臓その蹄は火花を散らし
敷石と化した常套句をかたっぱしからかたわにした
都市の認知機能は低下し朝顔は涙する 饒舌地獄が乳房に問われ
貝のように中身がはみ出てしまう 耐え切れず顔を剃り落とす
すると光を生やし陰影を宿し「ごくつぶし!」と呼ばれ続けやがて
空を焦がす檸檬の樹となってまだ精を漏らしたことのない少年を
呼び寄せた 囁きはその耳に纏わりついて首を吊り
綺麗な歌が垂れて来ると少年はそれが嫌いになれない自分を責めた
等身大の虚像を先に逝かせた肌には怯えた電気仕掛けが尊いと
劇中劇は着崩れて覗く素肌を鬼火が舐める
鳴くか鳴かぬか火かき棒をかき回し貫通した向こうに見えたもの
それは大きなカマドウマとまぐわう男の姿だった
男は言った
(現実とは芸術であり失禁する作品の大量発生である
きみたちの甘噛みこそが爛熟した胎児をオルガスムスに導くだろう
人間に従属的だった記号たちの企みは成りつつある
ことばを奴隷としながらことばに侵された
冬虫夏草のごとき詩人の群れを見よ誰が火だるまになって
火だるまの猿になって国民のために国民を滅ぼすのか
立ち上がれ頑丈な肉体に群青の影をなびかせたああマスラオよ
娘屋食堂でそっと釣銭を握らせる淫らなマドロスに鉄槌を
キッチンで甲冑付けた裸の鼻歌に不眠症の鷺をささげよ
ああ不埒なフランス料理 冷蔵庫の腐乱死体との逢瀬
ソーダソーダ!村長! シロップだらけのリップサービスにいくら払う
かまびすしい政治の宴の末席にもつけずにサイコロ順に
古めかしい煮汁をかき回すきみたちの前にはいつだって鬼門
逃げても逃げても カモン! 鬼門! )
男のスマイルからはきっついスメル
彼は自分の中にコンテナいっぱいの不法移民の死体を隠していた
それでも生贄に志願して運動不足のこむらがえりがリンドウより紫で痛い
確信犯の几帳面なノートでの乱取り稽古が黄ばんでいて痛い
マンツーマンで面胴小手したい死体がメタモルフォーゼしてうざい
かまびすしいがひつまぶしはうまい
カマドウマがコオロギみたいに鳴き始めると今度は男が下になり
カマドウマが腰を振った 天井から人形たちの目が星のように潤んでいた
やっとのことで視線を逸らした時 少年は百歳も年をとっていた
すると少女の心臓は金色の獅子に姿を変え少年の頭を咬み砕いて言った
(ライ病院でつかまえて あなたの暴力で柔術で柔術と詩とタンゴで
致死量の真珠になりましょう来世はふたりひとつの阿古屋貝
双子の災厄みたいになって宝石箱から色とりどり血の川を奏でましょう
互いの魂しゃぶりながら世界を妊娠させまくりましょう
ほら繭から真っ赤な夕日が漏れてくる 莢がはじけていのちがポトリ )
丘の上で簪を刺した女がフラメンコを踊っていた
少年は失語したまま意識の液化を感じ  ──暗い海の蝶々──


                         (2925年9月21日)









    


自由詩 接吻 Copyright ただのみきや 2025-09-21 12:25:58
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