✳︎深淵のリディム✳︎
奥畑 梨奈枝
「開けてもうた…ネクロノミコン…
血ぃの匂いするインクで書かれてた契約書…
ページめくるたんびに目ぇの奥に何か這い上がってくる…
逃げられへん…逃げられへん…」
夜中の3時、路地裏のサウンドシステム
古本屋で見つけた この禁断の書
ただのジョークや思て開いたら最後
無限の眼がオレを覗いとった
「血ぃ一滴、舌で誓え」言う声が
スピーカーの奥から響いてきた
邪悪なこのリディムと一緒に
あいつらの脈動が腹の底に食い込んでくる
唱えたらあかん あの名前は
音にしたらあかん 世界が割れる
やのにDJが針落とした瞬間
呪文がビートに乗って解き放たれる
"Ia! Ia! Hastur!
Hastur cf'ayak 'vulgtmm, vugtlagln, vulgtmm!
Ai! Ai! Hastur!"
逃げられへん! 逃げられへん!
魂すでに契りかわした!
逃げられへん! 逃げられへん!
深淵のリディム ああ、飲み込まれる!
街のネオンが溶けて血の川になって
オレの足首絡める触手のリズム
息するたび肺に流れ込むのは
バビロンの空気、いや、邪神の吐息……
頭ん中であざ笑う 名状しがたき あの奴ら
狂ってもうて踊るしかない 脳が吸われて殺される!
うなるベースライン だけがオレのライフライン
ああ、哀れな死体のラスタマン…
うねるベースライン だけがオレのライフライン
ああ、哀れな死体のラスタマン!
「お前もう終わりや…」
心臓の鼓動と同じテンポで
巨大な門がギィ…と開く音
最後に聞こえたのは笑い声やなく
世界が裏返る音やった…