東小金井『オーダー』
北村 守通

   『オーダー』


 カラン、コロロン・・・
 重いドアを開けると懐かしい音が迎えてくれた。あとから調べて知ったのだが、ドアベル、と言うんだそうだ。
 店の中は思ったよりも広かった。その広さに目が慣れる前に、今度は懐かしい声が私を出迎えた。
「おぅい!苅谷!」
声のする方に目をやると、そこには見覚えのある顔があった。古田健司だった。昔、スチールウールの様にふさふさだった髪の毛は後退しきって見る影もなかったが、その目、鼻、口そして声は、彼が間違いなく古田健司であることを示していた。私も大きく手を振って応えてみせた。
「いおぅい!しばらく!」
 まず、私たちはしっかと固い握手をした。そして、どちらからともなく相手の体を引き寄せると、がっしとお互いを抱きしめあった。
「いやいやいやいや!何年振りよ!」
「俺たち、卒業した後はぜんぜん会ってないよなぁ・・・と、いうことは三十うん年ぶり?」
「え?そうなる?なるわなぁ・・・しかしお前は変わんないねぇ・・・」
 と言いかけて、頭に目がとまった。
「いや、そこ見るのやめて。ほんとに。まさか自分がこんなになるとは思わなかったんだけどさ。」
と、一度頭を撫でた後に、ピシャっと平手で自分の頭を叩いて見せた。それからまじまじと私の方を見た。
 「ところで・・・苅谷って、昔と比べてパワーアップしたというか・・・」
今度は私が答える番だった。
「うん、三十キロ太ったよ。」
わたしは腹を突き出して、ポンっと叩いてみせた。店中に響くと思えるぐらいにいい音がした。
「やめなさい、はずかしい・・・」
と言いながらも、彼の瞳は笑っていた。
「あ!ごめん!待たせなかった?」
「いやいや、俺の方もつい五分くらい前かな、着いたばかりだから。」
「おう、じゃぁ注文はまだ?だったら何か注文しちゃおうぜ。俺、もう腹が減って
減ってたまんなくてさ。」
 私はメニューブックを手に取った。一つのテーブルに一冊しか備え付けられていなかったので、私たちはテーブルの上にそれを広げた。
「よぅしっ!決めた。俺、これね。ナポリタン!」
「ナ、ナポリタン?ナポリタンいっちゃうの?」
「バッカっ!茶店で食べるモンって言ったらナポリタン一択でしょうよ。もうね、これしかないね!ナポリタン!」
本当は、カツサンドセットが気になっていたのだが、スープとサラダとドリンクが付いているとは言え、千五百円という値段にたじろいでしまったのだ、ということは言わなかった。因みにナポリタンは六百八十円だった。単品価格だが、これなら後でコーヒーを頼んだとしても千円と少しで済むだろう。
「おまさん、なんにするよ?」
「ん?俺?俺はいいや。」
「いやいや、そんなこと言わずになんか食おうぜ。」
「いや、ちょっとさ。昼に食ったものが悪かったのか胃が・・・ね。」
「えぇ?そうなの?大丈夫?」
「ごめん。俺の方から呼び出しといてさ。」
「いやいやいや。気にしないで。だったら飲み物はどうよ?レモネードとか、トマトジュースとか・・・」
「そうだなぁ・・・あ、トマトジュースはありがたいかもしんない。」
「いよぅっし!決まり!すいませ~ん!」
 私は大きく手を挙げた。すぐに給仕がやってきた。この古びれた茶店には相応しくないこぎれいな若い給仕が、テキパキと私たちの注文を控えていった。そしてカウンターの奥へと消えた。


散文(批評随筆小説等) 東小金井『オーダー』 Copyright 北村 守通 2025-09-16 01:01:21
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