ヘチ釣り
北村 守通

   ヘチ釣り


 イガイを嚙み砕いた
 モノがいた
 先ほどの
 違和感の直後に
 なにやら
 竿先にまとわりついていた
 違和感の直後に
 
 もう一度
 新しいイガイを取り出し
 鉤を入れ
 鉤を抜き
  
 落とす
 海面に
     落とす
 界面を
         抜く

 すぅっと
 糸が歩いていく
 するするっと
 リールは
 指先を唇にあて
 額に脂汗を浮かべながら
 物音をたてぬように
 回る
 
     糸が
     止まる
     糸が
     へたりこむ

 あぁっと
 息を吐きだして
 引き上げにかかる

 と

 けたたましい音をたてて
 リールが逆転する
 さっきまでの
 落ち着き払った顔が
 一転して
 こわばって
 しわくちゃになって
 涙目になっている
 竿は
 ひん曲がる
 竿は
 へし曲げられる
 竿は
 だんだん下げられる

 リールを落ち着かせようと
 右手を差し出す
 バチン
 と弾かれる

   走る
     走る
       走る
         走る

 やっと
 右手が追いついて
 抑えにかかる

         突っ込む
       突っ込む
     突っ込む
         突っ込む

 竿をたてる
 竿が倒される

 たてる
 たてる
     倒される

 それでも
 糸の長さだけは
 変わらなくなっている
 おそるおそる
 一気に
 巻きとり始める
 出されはするが
 巻き取る
 出されはするが
 巻き取る
 巻き取る
 巻き取る

 それほど深くはない
 水中で
 何かがグワンとうごめく
 水中で
 黒いモノがグワンとうごめく
 黒いモノのその先っちょで
 鈍い色した
 鋭い牙が
 ギランと輝く
 ガラの悪い目が
 こちらを睨みつける

 その目をしっかり
 睨み返し
 後ずさりしながらも
 震えながらも
 わたしは
 腰に差してあった
 タモ網を引き抜いた


自由詩 ヘチ釣り Copyright 北村 守通 2025-09-15 17:01:06
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