今夜だけ、悲劇のヒロインぶりっこ。
りつ

なにひとつ
楽しい思い出はなかった
食べることには困らなかった
勉強だってできた
恵まれていることなど解ってた
だけど、こころは?
こころは恐ろしいほどからっぽで
生きている気がしなかった
不幸も幸せも
知らなかった
いや、
ひとりで本を読んでいるときだけ
幸せだった
何にだってなれた
絶世の美女になるのが好きだった
愛さずにはいられないけなげな少女になるのも好きだった
無邪気に書き始めた詩も
サリエリの苦痛を味わった
努力だってしたよ
モーツァルト(彼女)と違う表現を追い続けた
それでも敵わなかった
強がるしかないじゃないか
それ以外に
自分を守るすべを知らなかった
聞き分けの良い操り人形だった
泣くな!と命じられれば泣かず
頭が良い子と誉められれば頭が良い子になった
私は単なるアクセサリーにすぎないことなど解っていた
たったひとつだけ、反抗した
あの娘と付き合うな。
友だちを貶された時だけ怒った
結局私は
誰からも好かれない化け物だった
生まれてきては
いけない子だった
私を産んだせいで
母は大病を患い死にかけ
家族は不仲になり
歪んだ

生まれてきて、本当に、ごめんなさい。


自由詩 今夜だけ、悲劇のヒロインぶりっこ。 Copyright りつ 2025-09-09 20:54:32
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