霧子の朝に  夜の変貌
洗貝新



手探りに歩いている
何かやわらかなものに触れたような気がして
それは母の乳房だった
まだ若い母は哀しそうに娘を抱いていた
山積みにされた古い写真の中でも
あの一枚は記憶に眠っている
長女の後を追うように
次男が亡くなっていた
そして僕たちが生まれた
長男がときどき思い出しては話しをするが
僕たちには何も残ってはいなかった
日々色あせていく写真に季節を巡る人々
こころの中を
霧が塞いでいく

白い房をぶら下げて咲いていたリュウゼツランの花が
今年は抜け落ちた白髪のようだった
その日は夜の配達をはじめてから半年が経ち
母が亡くなってから三年が過ぎた
薄暗い畦道の中央に
私よりも高い背丈でそびえ立ち
弱い灯りをあてると
白装束に身を包んだ女性の姿が浮かびあがる
それはじっと凝視もできないくらい
私に圧力をかけてきた
草むらから二つの眼が光る
月灯りに照らされて
野鳥の鳴き声がいつまでも追いかけてくる
小さな獣たちが手探りに辺りを徘徊する
彼らは月の引力を気にすることもなく
太陽の恵みを気にすることもない
雨あがりには
水気を帯びた草息の気配に虫たちが踊り出て
靄の中、先を急ぐ私がいる
霧子は何処に消えたのだろうか
巡る宛てのない旅は終わりも近い









自由詩 霧子の朝に  夜の変貌 Copyright 洗貝新 2025-09-08 18:38:05
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