彼女のゼリービーンズ
ただのみきや

樹々のささめき
秋のまなざし
土の殻を脱いで
風鈴と戯れる
あの風のよう
出奔し
残り香をたぐる
民族という幻想の
ゲル状の遺跡を渡る
無造作に繊細に
ごぜの指先の
せつなの逡巡のように

墓石に止まったアキアカネから
日の滴がしたたるころ
鼓動と思考
その果てしない乖離から
一枚の写真のよう
ことばを知らない
手紙が舞い落ちた
秋桜は
涙腺の吐く血の色をした
悲哀色の堕胎薬
わたしたちをつなぐ
血管にながれるもの

美しい蛮族の生首が生え
その唇を蜜蜂の群れが出入りする

願望が想像を孵す
沼がある
ヒスイのように
つややかに濁り
夏の欠片をうかべ
すまし ふと さざめくよう
泥土の底深く
骨はさめきれず
眠りにも落ちず

昔はみな知っていた
夢の中にしまいこんだもの
首から あるいは腰から下は
獣や魚や蛇だった
へそから上が人だった
願望が想像を孵す
文明が肉体なら
文化は精神だった
動物的欲求と衝動が
へそから下の渇望が
生き胆のふるえが
人の知性と情緒をまとった時
記号は羽化し
いのちへと昇華した
ことばたちは番い
あらたな表現を生み出した

手の中でいま
ひとつのヒスイが破水する
濁り濃く
光を吸って返さず
みずから碧く含みを持たせ
瞑想する ふりかもしれない
風にめくれそうでめくれない
水面へと
浮きあがる花押
なよやかにうずをまくかなもじのむれ

一生をただ一枚の絵とするなら
曼荼羅より花
砂から来て砂
水から火へ火から水へ
花房のひとしずく
蝶を呼び蜂を集める
秘密こそ甘露
つめたい燈心よ
鳴け 鈴なりの うたことば
累々と 涙々と

夏の小舟の上にもう姿はない
わたしは沼の底
いとしい蛇女に巻かれやわらかい勾玉を食む 


                     (2025年9月6日)











自由詩 彼女のゼリービーンズ Copyright ただのみきや 2025-09-06 10:28:22
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