98番目の誘惑
林 理仁
98番目の誘惑 小説
朝6時に起きた安藤紗耶は、いつものように身体の中に魔のような闇を感じた。仕方ないのでまたいつものように小説を読む。すると不思議なことにその闇は気になるほどではなくなるのだ。
テレビをつけると不穏な内容のニュースばかりが流れており、大人の世界は一体何を考えているんだろう、という気持ちになる。
安藤紗耶は今年十六歳だ。最近、自分の身体のあらゆる場所が妙に膨らんでるように感じる。さほど気になるほどでもないのではあるが。
高校に行くのは辛い。だけど、高校に行ってれば、とりあえず、ぼんやりとした未来に、ぼんやりと希望が持てる気持ちになる。
部屋の窓を開ける。その度に私とは何か?と空想する。しかしそんなものの答えはいつも虚しく消え去り、ただ爽やかな風が部屋を満たすのみだ。
テレビのジャーナリストが牛乳を毎日飲んでいて、牛乳の中にきな粉を入れて飲む、というのを実践しているらしく、私も実践してみようかと思ったが、できても週1回か、たまに気が向いたら2回飲むこともある。
だけど牛乳は毎日飲む、なぜかというと美味しいからだ。
朝ご飯は食べない。食べるのは薄味のポテトチップスだ。あと甘いコーヒー。
中学生までは親の作った朝ご飯を食べてた。だけど、高校生にもなって、親に頼るのが恥ずかしい、というような気持ちになり、その葛藤と闘うのがもう嫌になった。
素直に自分の思うままに生きようと思ったのだ。
私の家は親が学歴主義なので、高校を卒業したら、大学に進学するのだろう。
親の敷いたレールの上を歩くのに何か抵抗があるわけではない。ただ、私には他のみんなが持ち合わせている楽しさというものが欠落している気がするのだ。
この繰り返しの毎日の中に、他の人にはない楽しさがもしもあったならば、私は一生幸せなはずだった。
そんな風に考え始めたら、将来なんてトンネルの先のようなもので、今が満たされずに、なぜ将来が満たされるのかと見えない何かに歯向かいたくもなる。
だけど歯向かったところで明確な答えが何かでるわけでもなかった、ただぽつんと取り残された私は、私にはない楽しさを持ち合わせている周りに嫉妬するばかりだ。
今日も高校に行く。さて出発だ。クラスのみんなにおはようと言う空想。それは数分後に実現する。雨が降る可能性があるので傘を持っていく、私はずぼらなので天気予報には頼らない、なぜなら5秒後には忘れてしまうから。私が傘を持つ時は雨が降る可能性がある時か、実際雨が降っている時だけなのだ。
道を歩いていると小学生の列が前から歩いてくる。
おはようございます! と元気に挨拶してもらえた。
小学生の一人が私の顔をまじまじと眺めてきた。
産んだ覚えはないけれど肩から生まれた我が子よ、という私自身なんだかよく分からない思考回路になる。
だから女性は幼稚園の先生目指す人いるのかな? と、このよく分からない思考回路の理由が少しだけ分かったような気がした。
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