月は夜を統べる、幻想の義眼を髑髏にはめて。
菊西 夕座
Ⅰ.
夢はすべからくすべすべとしたまるい顔
ひとよんでのっぺらぼうという名の妖怪
さそわれて、肩たたかれて、ふりむけば
人まちがいだろうけれど「なんかようかい」
夜空は月の目玉を光らせて幻想を息吹かせる
夢はすべからくすべすべとした神対応
人まちがいの妖怪にはまちがいないと
つるつるとした顔にみとめるなにもなさ
みとめられた嬉しさできく「月のようかい?」
精神は月の盤上に世界を詩的に再構築する
月は住みかけてもすみから欠ける天邪鬼
ちかよってみればみるほど目だつおうとつ
それを承知でおい掛け夜をすべる「顔の溶解」
死と踊る衛星は鏡となって精神を吸収する
ひとはおしなべて死にほどこしようの術はなく
つきない均整へのあこがれがみがく髑髏の姿見
うつろな眼窩に金星がうつれば「君も酔うかい」
髑髏に義眼をはめて月光が夢をみせてくれる
Ⅱ.
精神は囚われながらも肉体を景勝にかえて旅をする
体の部位を思い思いに地形や建造物に転じて愛でる
たとえば私の脊髄は塩竃神社の立ち聳える急な石階段
妻になるひとと初めて手をつないで下りた縁結びの階
足に力を入れれば親爪が碧緑に鎮まる火口湖となる
奥羽山脈の涼気を吸い込む胸は冴え冴えと盛り上がり
やくらいガーデンの丘となって虹色の花畑を胸筋へ延ばす
荒々しくも壮麗な鳴子峡の紅葉が肌一面を包む体毛となり
田里津庵の窓から広がる海庭園の松島で股座をうめる
極楽のほとりを閉じ込めた輪王寺の庭が手のひらに花開き
私の肉体が滅ぶときには輪王寺の庭にわたしの精神が返る
その繁みで覆われた神秘的な参道に、五重塔の下の池に、
池をめぐる紫陽花や菖蒲、色と形と種類が豊かな敷石に、
松や桧や百日紅、かたすみでひっそりと身をくねらすネジバナに
松島の海に、鳴子の山に、やくらいの丘に、蔵王の御釜に
妻の手をひいて塩竃神社へのぼり境内の桜にわたしは返る
鏡と同じツキ人でしかない私たちだからこそなれた化象に
愛した色に、溶け込めた音に、親しめた匂いに、すっかり移ろう
肉体は精神を宿すことで生死を超えた存在に転じることができる
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