過越祭
森 真察人

坂の上の校門ではりつけにされた少女の歳は十五であり、少女の脇腹の絶えずうみを吐く傷こそが彼であって、幾度こうとも少女のかゆみは失せることがなかった。少女が掻きむしるほどに傷は膿み、少女にはそれを解き消す術がなく病める燔祭はんさいを払いのけるように、ひょうを降らせて地表のひとびとをえぐらせ余った肉塊を蛙に食らわせたのだった。彼の全体はやはり傷そのものであって、彼には膿を嘔吐することの甲高さを掻き消す術がなく門扉に十字様に返り血を塗りたくった。やがててのひらに打ち込まれた釘に両の手の甲の肌をねばつかせながら少女はゆっくりと落ちて腸の散らばった急坂を下りはじめる。門扉に血の塗られた家は過ぎ越して、そうでない家々のすべてに這入はいって初子ういごしかほふりながら少女は下る。彼は一連の行いを目撃しながらも膿をのみ吐き、いなごを運ぶ東風がときたまに吹いては彼を拭うのみであった。身体からだの不足した彼は嘔吐を止めることがなく、心の不足した少女の痒みは止むことがなかった。下りきった所で壊死の進んで滴り落ちそうな傷たる彼はしかし少女の脇腹から千切れることがなく、坂の終点から歩みつづける少女の伸びた脇腹の皮膚からやがて涙が溢れた。一雫は地に等しく鏡のように広がり、思わず少女と彼は覗き込んだ。雹に降られて割れた頭蓋骨の中身を蛙に食らわれている彼の父が、その腸から新たな少女を取り出して磔にし、ふるえながら門扉に血の十字を描く姿がうつっていた。
少女は彼に自らの身体を分け与えた。彼は少女に自らの心を分け与えた。少女と彼とは愛し合い、ふたりは滅することがなかった。


自由詩 過越祭 Copyright 森 真察人 2025-08-11 14:56:46
notebook Home