詩の博物館
ハァモニィベル
心臓のように眠らない つかれた心よ
つかれた心よ よく眠れ
夜をよく眠れ 寂しい心よ
いぢらしい心よ さあ
みじめな運命をさすっておくれ〈朔太郎〉
心象の灰色は きれいに光りながら
燃え落ちる、燃え落ちる 空の遠くで
いちめんの いちめんの ぎらぎらの丘は
ひかりの底を しづんでくる
この諂曲模様が 碎ける歯軋りを往き来して〈賢治〉
老いた人たちの身ぶりのやうに
やがて 秋が 来るだらう
秋がまた たたずむ と
秋は ふたたび 夕暮れになる
あらはな影を 夜の方に投げて 〈道造〉
アンダースローされた灰が蒼ざめて
春の日の夕暮は静かです
春の日の夕暮は 無言ながら前進します
わたしが、歴史的現在に物云へば
嘲る嘲る 空と山とが 〈中也〉
幾時代かがありまして ゆあーん ゆよーん
ゆやゆよん
月は空にメダルのやうに、
街角に建物はオルガンのやうに、
観客様はみな鰯 夜は劫々と更けまする〈中也〉
油が盡きたランプの焔が小さくなる 後ろの山で風が鳴る
萬年筆のインクが凍みた 湖水で人が死んだのだ
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。
ああ誰がそれを知つてゐるのか 〈達治〉
瞼の鎧戸をひたとおろし 眼球は醜い料理女である。
厨房の中はうす暗い。大脳の棚の下をそゝくさとゆきゝして
退屈なとろ火の上で 誰のためにあやしげな煮込みをつくらうといふのか
大脳はうす暗い。頭蓋は燻つてゐる。
彼女は――眼球は愚かなのである。 〈太郎〉
大股過ぎるぢゃないか。頚があんまり長過ぎるぢゃないか。
何が面白くて 四坪半のぬかるみの中
羽がぼろぼろ過ぎるぢゃないか。眼は遠くばかり見てゐるぢゃないか。
身も世もない様に燃えてゐるぢゃないか。
素朴な頭が無辺大の夢で逆かまひてゐるぢゃないか。〈光太郎〉
物思いの午後、めらめらと物思いのひるさがり、
残れる一本をくわえて、火を点ず
我が肺も 灰となりゆく
秘やかにレモンを探り、埃の中に一顆のレモン澄みわたる
冷さは熱ある手に快く 匂いはこの胸に沁み入る〈基次郎〉
なめらかな母韻をつつんでおそひくる青鴉
嘴の大きい、悪だくみのありさうな青鴉
うまれたままの暖かさでよろよろするお前は
ただ捲きこまれゆくままに捲きこんでゆく
この日和のしづかさを食べろ 〈拓次〉
僕はいつものやうに寝床に入つてゐる。何時の間にか雨が止んでゐる。
ながいこと火鉢の炭をつついてゐた。何か喜びにあひたい。
もう床へ入つてから二時間はたつてゐる。
この、真っ暗な部屋に眼をさましてゐて
蒲団の中で動かしてゐる足が私の何なのかがわからない〈亀之助〉
街が低く凹んで夕陽が溜つてゐる
花屋の店で私は花を買つてゐた
私は手に赤い花を持つて家へ帰つた
庭の隅の隣りの物干に女の着物がかゝつてゐる
昼寝が、その夢を置いていつた 〈亀之助〉
窓はわれわれの幾何學――
その大いなる額縁のなかに
人生を いとも簡單に 無雜作に
区切つてゐる
図形だ。〈辰雄〉
戀する少女が、身じろがず窓に倚つてゐることがある。
いかにも脆さうなその翅の美しさで、貼りつけられた蝶のやうに。
夢みる少年が、ぼんやりと靠れてゐることもある。漠とした倦怠に沈んだ、
彼の上衣を汚してゐるのは、過ぎてゆく時間だ。
遂に彼らが風となり、水となつて川に注がれてしまふ日までの……〈辰雄〉
赤い明るい西の空も
灰色にむしばまれる
そしてくろくなって
やがてダイヤモンドに灯りがつく
よく生きてきたと思う よく生かしてくれたと思う 〈浩三〉
こんなに厚い葉 こんなに大きい葉でも
新しい葉が出来ると無造作に落ちる 新しい葉にいのちを譲つて――。
お父さん、お母さんたちは 何一つ持つてゆかない。
みんなお前たちに譲つてゆくために
子供たちよ 君たちも また譲り葉を見る時が来るでせう。〈酔茗〉
※ ※ ※
(註)
◆本作は、コラージュ作品です。著作権の切れた詩人の詩文を使って編集・構成されています。
◆(詩人名)が注記されていますが、原文そのままではなく、私が取捨したり加筆したりしてかなりアレンジした部分がありますので、その点ご注意ください。(ほぼ原文を生かしていますが)
◆ 原文と私の創作部分とか区分できるように、という意味で、出典の〈詩人名〉を明記しました。
◆本作の題名『詩の博物館』という趣旨からも、(皆、著作権が切れた作者の詩文ですが)故人に失礼のないように敬意をはらって元の表現内容から大きく外れないように、また作風などが偲ばれるように留意・尊重してアレンジしてあります。
◆それでいて、尚、私自身の表現作品になるよう工夫してあるつもりです。私の込めた思いが多少でも伝わったら幸いです。