祈る蝸牛。
田中宏輔

小夜さよ小雨こさめ降りやまぬ埋井うもれゐかたへ、
遠近をちこちくぼ溜まる泥水、泥の水流るる廃庭を

葉から葉へ、葉から葉へと這ひ伝はりながら
わたしは歳若い蝸牛のあとを追つた。

とうに死んだ蝸牛が、葉腋えふえきについたきれいな水を
おだやかな貌つきで飲んでゐた。

きれいな水を飲むことができるのは
雨の日に死んだ蝸牛だけだと聞いてゐた。

見澄ますと、雨滴に打たれて震へ揺れる病葉わくらばの上から
あの歳若い蝸牛がわたしを誘つてゐた。

近寄つて、わたしは、わたしの爪のない指を
そろり、そろりと、のばしてみた。

、わたしの濡れた指が、その蝸牛の陰部に触れると
その蝸牛もまた、指をのばして、わたしの陰部に触れてきた。

わたしたちは、をとこでもあり、をんなでもあるのだと
 ──わたしたちは、海からきたの、でも、もう海には帰れない……

わたしたちは、をとこでもなく、をんなでもないのだと
 ──魂には、もう帰るべきところがないのかもしれない……

この快楽の交尾さかり、激しく揺れる病葉わくらば
手を入れて(ふかく、ふかく、さしいれて)むさぼりあふわたしたち。

わたしたちはむさぼりあはずには生きてはゆけないもの。

──ああ、雨が止んでしまふ。

濡れた指、繰り返さるる愛撫、愛撫、恍惚の瞬間
、瞬間、その瞬間ごとに、

わたしは祈つた、

──死がすみやかに訪れんことを。



自由詩 祈る蝸牛。 Copyright 田中宏輔 2025-08-04 20:11:38
notebook Home