祈る蝸牛。
田中宏輔
小夜、小雨降りやまぬ埋井の傍へ、
遠近に窪溜まる泥水、泥の水流るる廃庭を
葉から葉へ、葉から葉へと這ひ伝はりながら
わたしは歳若い蝸牛のあとを追つた。
とうに死んだ蝸牛が、葉腋についたきれいな水を
おだやかな貌つきで飲んでゐた。
きれいな水を飲むことができるのは
雨の日に死んだ蝸牛だけだと聞いてゐた。
見澄ますと、雨滴に打たれて震へ揺れる病葉の上から
あの歳若い蝸牛がわたしを誘つてゐた。
近寄つて、わたしは、わたしの爪のない指を
そろり、そろりと、のばしてみた。
、わたしの濡れた指が、その蝸牛の陰部に触れると
その蝸牛もまた、指をのばして、わたしの陰部に触れてきた。
わたしたちは、をとこでもあり、をんなでもあるのだと
──わたしたちは、海からきたの、でも、もう海には帰れない……
わたしたちは、をとこでもなく、をんなでもないのだと
──魂には、もう帰るべきところがないのかもしれない……
この快楽の交尾り、激しく揺れる病葉、
手を入れて(ふかく、ふかく、さしいれて)婪りあふわたしたち。
わたしたちは婪りあはずには生きてはゆけないもの。
──ああ、雨が止んでしまふ。
濡れた指、繰り返さるる愛撫、愛撫、恍惚の瞬間
、瞬間、その瞬間ごとに、
わたしは祈つた、
──死がすみやかに訪れんことを。