海と狭軌
森 真察人
ボリビア行きの電車に
重たい体を預け
ひとりで飲むジンジャー・エールの味を
確かめに行く
鞄から一冊の本を取り出して
次の停車場まで読む
それは僕があなたのように
ひとの心を受け容れる
満月の上るような時間
鉄の庇に身を隠し
雲の間にあらわれては消える
金星のようなひとに
僕を会わせるために
女のあばらの一本から
あなたはこの地をお創りになった
ひとつの水を
天と海とに分たれるとき
その熱い哀しみを
あなたは一身に受け容れた
あなたは少女のかたちをしている
そうしてその細い両の腕を伸ばし
この車両の行く狭軌に
ひとひらずつ睫毛を忍ばせる
車輪がそれらを切るとき
すこし揺れる車体に僕は
もっとも遅く歩むものが
もっとも遠い所に行かれるのだと
あなたが僕を戒めているのだと思う
けれど睫毛は事の始めから
そこに隠れていたのだ
たまたま僕を載せた車両が
そこを定められたように揺れたのだ
水平線が見えてくる
海には霧が在り
水夫が惑いつつ
明かりのある方へ急ぐ
僕は本を閉じる
車窓から差す月明かりは白く
櫂のつくる波が天井にうつる
霧の上で
鎧柱の鳴る時間
春の曲線を烏が羽ばたき
あなたは少女のかたちを降りて
僕に這入りこんだり
女の姿をして
僕の前にあらわれたりする
僕は電車を降りる
ボリビアのこの地の精霊を
あなたがそうするように
弔うためにのみ