冬鼠
リリー

 
 黒ずんだのこぎり屋根の原野を
 仲間からはぐれたネズミが
 逃げ走る

 ところどころ噴き上がる蒸気を
 蹴散らす西風
 ちぎれ雲がコーラルに染まって
 解体されないままの太い煙突が一本
 突き立っている
 小さな躯をこわばらせる一匹は
 獣の血をたぎらせて
 どこへ逃げゆくのか

 黒ずんだのこぎり屋根を横目に
 泥土を踏みしめて帰って行く者たち
 靴裏を払い落とせば
 すでに溶けた雪の匂いに
 溜め息や憂うつも混じっているだろう

 如月の寒風に
 透いた紗幕をひるがえし
 姿を消したネズミは
 眠ったビルの隙間で暁を待ちながら
 春をおもう

 再び壁の穴へ潜り込み
 走り始めた 
 その眼に、
 ノシランの群青の実のような
 美しい光沢が宿っているかもしれない

 


自由詩 冬鼠 Copyright リリー 2025-07-27 20:08:59
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