冬鼠
リリー
黒ずんだのこぎり屋根の原野を
仲間からはぐれたネズミが
逃げ走る
ところどころ噴き上がる蒸気を
蹴散らす西風
ちぎれ雲がコーラルに染まって
解体されないままの太い煙突が一本
突き立っている
小さな躯をこわばらせる一匹は
獣の血をたぎらせて
どこへ逃げゆくのか
黒ずんだのこぎり屋根を横目に
泥土を踏みしめて帰って行く者たち
靴裏を払い落とせば
すでに溶けた雪の匂いに
溜め息や憂うつも混じっているだろう
如月の寒風に
透いた紗幕をひるがえし
姿を消したネズミは
眠ったビルの隙間で暁を待ちながら
春をおもう
再び壁の穴へ潜り込み
走り始めた
その眼に、
ノシランの群青の実のような
美しい光沢が宿っているかもしれない