メゾン 『ノワール』
千月 話子

郵便受けに溜まった新聞が日焼けしていた
古い日付は、風に晒されて
更に風化した遠いあなたの
背中に張り付いて 
帰ってこない のに


201号室の、窓から入る西日を受けながら
忘れていった マリーゴールドの
鉢植えに水をやる
 乾燥した黄色い部屋に
 水蒸気と埃がいつまでも 
 浮かんでいた


ここから手を振って見送った
この小さな林を抜けて行く
その先が、あなたの世界
微笑みが同じ高さで出会っても
あなただけ上昇してゆく
ガラス越しの私を 残して


天窓を開け放って
誰かが天窓を開け放って
出て行ってしまった・・・


205号室には、小鳥が住んでいる
あまつさえ 太陽も雨も受け入れた部屋は
来年の夏 色とりどりの花咲く
小鳥の巣になる予定
 広げた羽根には、種が隠れているものだから


最後のあの人が、106号室の浴室で
美しい髪と白い体を洗っている
薄いオリーブ色をした
マルセル石鹸の泡が
しっとりと 優しく包む
あなたの丸い曲線を
 空では、白い月に雲がかかる
 そんな2つのシルエットを
 すりガラス越しに そっと見ていた


翌日には、もう
手入れもされない白薔薇の
ツタを門扉に絡めようか
引き止めて「行かないで 」
と 言えない代わりに・・・。


きっとあの人は
平然と花バサミで幾本かの薔薇を切り
「さよなら」の代わりに花束にして
抱いて 抱えて
出て行くのだろう
その背中にすがって泣いてみても
あの人は、新しい道へ頬染めて
出て行くのだろう


メゾン『ノワール』 廃墟になるアパート
消えてゆくまで 小さな森で

メゾン『ノワール』 想い出になるアパート
形を変えて 夢の中で

全てのあなたと お会いしましょう。
        お会いしましょう。





自由詩 メゾン 『ノワール』 Copyright 千月 話子 2005-05-30 23:34:03縦
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