pumping capacity
ホロウ・シカエルボク


結晶化した記憶たちが鱗粉のように降る、読みかけの本は栞を挟んでテーブルの上にある、それを感じた瞬間、それまでなにをしていたのか、直前までの思考や状況のすべてが途切れた、飲み干したペットボトルは蓋をされて床に転がっている、現実は視覚以外の情報を遮断され、自分がAIで作った動画の中に居るような気分になる、ああ、出来過ぎたまでの日常、降り積もる記憶だけが感触を維持している、それはまるで細く短い針のように、怪我にもならないけれど言いようの無い不快感を撒き散らす、俺は静かに時が過ぎるのを待っている、解く術の無い紐を解くために指先を痛める趣味はない、ゆっくりと感覚が戻ってくる、身体は汗をかき始めている、エアコンがついていても拭えない湿気、それは無駄に広い部屋のせいでもある、まだ身体を起こす気にはならない、一瞬の奇妙な感覚を転寝のせいにして誤魔化す気にもならない、時間にすると数十秒だろうか、明らかに現実は歪められていた、何かが世界を停止させて、余計なものを紛れ込ませていた、原因が俺にあるのか、それとも俺以外の何かなのか、まるでわからなかった、でも、俺にどうしてそれを突き止めることが出来るだろう?どちらが正解でも当事者である俺にそれを決めることは出来ないだろう、いくつかの要素を元にどちらかに決めたとしても、どちらもである可能性だって十分にあるのだ、感覚がすっかり戻ってくるまでに数分はかかった、すべてが元通りになる頃には、俺はもうどうでも良くなっていた、そんなことよりなにか軽いものを腹に入れたかった、起き上がってキッチンに向かい、冷蔵庫を開け、卵と余ってるものを炒めて食った、作業のような食事だった、作業のような食事、でもそれは印象に過ぎない、作業のような食事によって胃袋に落ちた食物がオイルに変わることはない、摂取出来るものは同じだ、印象に左右されることはない、繊細さとタフネスは同じだ、そう感じるからこそカバーするようにメンタルとフィジカルは動く、なにも感じないだけの丈夫さは動物と同じだ、それでは人として生まれて来た意味が無い、あらゆる振り幅に触れながら形作られていくのがマインドというものだ、少しの間食卓の椅子でぼんやりとする、子供の頃からぼんやりするのは得意だった、そんなものに得手不得手なんてものがあるのかはわからないけれど、とにかく俺は自分がそういう状態に居るのを好んだ、日常に集中して生きるよりも得るものははるかに多かった、俺はほとんど日常に重きを置いていなかった、授業中も真剣に聞いているような顔をしたまま余所事に思いを巡らせていた、散歩をしていて、歩いたことのない小さな路地なんかを見つけた時、足を踏み入れずにはいられないだろう?そんな寄道みたいな興味が俺の脳内ではずっと生きているのさ、基準点を世間的なものの方に置くなら、俺は思い切りコースアウトした人間だということになるだろう、でも、基準点がそもそもそっちにあることの方が異常なのさ、だから社会は壊れ続けるばかりじゃないか、アウトローたちの拳は、落ち零れた後ろめたさで硬くなり続ける、基準がそっちにあるから駄目なんだ、基準がそれぞれにあり、その上で調和を図ってこそ共同体というものが生まれる、それ以外のものは馴れ合いだとしか言いようがないさ、それぞれがそれぞれを真剣に丁寧に生きること、それが確立されない社会はこの先どんな策が講じられたとしても遅かれ早かれ滅びるだろう、まあ、そんなの、知ったこっちゃないけどね、俺は自分の人生を生きるのに精一杯、大人ごっこで時間を無駄にしたくはない、俺はコースアウトなどしていない、自分がどこへ向かうべきなのかなんて、何十年も前から理解しているさ、すぐに社会性を持ち出す連中なんてのは、本当は空っぽの手のひらが怖くて仕方が無いんだろうな、オカルトを否定する連中の方がオカルティックに見える、っていうのと同じさ、基準点の置き方が間違えているんだ、明らかな価値に寄りかからなければ明日着る服の色も決められない、現実にこの世界はそういう醜さに満ち溢れている、すでに、俺は立ち上がる、そして少し身体を動かす、ストレッチと、基本的な筋トレ、詩を書いているのに身体を鍛える必要がどこにある、と時々訊かれる、俺に言わせれば、詩を書いているのに身体を鍛えないなんてことがあるのか、と逆に思う、詩は、詩に限らずあらゆる自己表現の為の文章というのは、肉体のリズムをそこに映し出すということだ、全身を流れる電流の電圧と速度を文章にするということなんだ、それによって誰かが俺の鼓動を知り、体温を知るんだ、身体が無駄なものに包まれてそれが鈍ると、おそらく俺は何も書けなくなってしまう、つまりそれも含めて、俺の書き方だということだ、だからこそ例えば、ほんの少し世界に余計なものが紛れ込んだときなんかに気を取られたりするわけさ、俺は自分を鏡に映す、腹回りはまだ気に入らないけれど他はまずまず良く出来ている、少し休んで身体を落ち着かせたら、今日の内に書けるものを書いてしまおう。


自由詩 pumping capacity Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-07-13 12:56:49
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