結晶は胎児の様に血塗れの臓腑から摘み上げられる
ホロウ・シカエルボク
小さな裂傷に板切れを突っ込んで開き続けるような痛みと不快感が続いていた、エアコンで不自然に冷えた手足の感触を確かめながら、今日したいことと出来ることの取捨選択に精を出していると、その選択そのものにどれほどの意味があるのかという自問にいつの間にか陥っていて、とは言え、そんなことにイラつくほど子供でも無いので本題に戻った、出かけなければいけない用事以外はいつでも出来ることだった、そして今日は取り敢えず用事として出掛ける必要は何も無かった、昨日そこそこ歩いていたからあまり出掛けたい気分でも無かった、それなら、と、長めのプレイリストを選択して流しながら少し身体を動かしたりストレッチをしたりして筋肉をほぐし、思いつくままに言葉を並べてみた、何もしないで居ると毎日がどんどん既視感に浸食されていく、そういう強迫観念から逃れるにはコンディションを少しでも向上させる必要がある、能書きを並べて自分を納得させるよりは多分に効率的だし建設的だ、同じものによって失われるというのなら違うことを挟めばいい、失われていくことを肯定してもどんなフィードバックも生まれない、ウェザーニュースは梅雨が明けたと目を丸くしながら告げていた、確かに早いなとは思ったけれどもともと天気なんて人間の思い通りに動いてくれるものでもない、騒ぐから奇異に映る、まあそんなこともあるよねと片付けておけばそれほど気にもならないとしたものだ、田んぼや畑をやっている人間にしたらたまったもんじゃないだろうけど、生憎俺にはそういう連中の都合はわからないし興味もない、そりゃ、大変だなぁとは思ったりするけれど、交通事故のニュースを目にした時の感想とそんなに違いはないくらいのものだろう、数人の、自転車の学生たちがまだ苦しみをまったく知らない声で浮かれながら窓の外を通り過ぎる、無条件で自分を肯定出来る時代、らしい、というのは俺にはまったくそんな感覚はなかったからだ、一〇代の時が一番、俺は人生に絶望していたような気がする、居心地のいい場所がひとつも見つからなかった、同じ教室に居る連中が何について話しているのかまったく理解出来なかった、世界の外に居る、その認識はもうすでに始まっていた、透明な存在を気取って殺しやすい誰かを手に掛けようなんてことは少しも考えなかったけれど、自分がどんな風に死ぬのかというようなことは時々考えていた気がする、言ったろ、世界の外に居たんだ、俺の意識が自分以外のものに向かうことはあまり無い、興味も殺意を受け止めるのは全部自分自身さ、その時に朧げに掴んだ真実のようなものが、いまこの場所に俺を連れて来ている、たいした認識じゃない、この違和感そのもののような自分のままで生き続けるべきなのだ、言葉にするとしたらそんな感じだ、決意とかそういうものじゃない、おそらくそれを決めたのは俺じゃない、俺はそれを認識して、ああやっぱりねと思っただけだ、それが俺のこれからの理由になるのだと…それは一番難解ではないかもしれない、そして一番明確な回答が用意されていないものでもある、簡単なクイズを出すよ、トンネルと鍾乳洞、冒険心を掻き立てられるのはいったいどっちだ?ドラマや映画の、はっきりしないエンドが好きだった、割と小さな頃からだ、殺しのドレスや勝手にしやがれ、子供のころにたまたまテレビでやっていたのを見た、意味なんか全然わからなかったけれど、そこに圧倒的な何かがあることだけはわかった、その頃は誰のどんな映画かも知らなかった、後になって、ああ、あれはそうだったのだと知った、我知らず洗礼を受け、後にそれに気づいたわけだ、迷宮や袋小路に入り込まなければわからないことというのが必ずある、それは効率を気にして見晴らしのいい流れの速い道路を選ぶばかりでは絶対に気付けないことだ、急いで手にした結果は急いで手にしただけのものでしかない、その場その場の達成感以外には何も手に入れることは出来ない、長い時間をかけて蓄積し浸透していく真実の為だけに生きて来たし、これからも生きていくだろう、一人で出来ることだから書くことを選んだ、誰とつるむ必要がある?コースを外れた先で別のコミュニティを築くくらいなら外れた道に戻ればいい、俺はそんなことをするつもりはない、どこに居ても俺の存在は違和感であり続ける、俺はそのことが誇らしい、ひとつの詩は気が付くと完成に向かっている、言葉は放っておけばダラダラと垂れ流されるが、明確な切れ目というものを用意しておけば必ずそこで終わる、この作業に必要なのは俺だけさ、他の誰も必要とはしない、別に、ストイックを気取りたいわけじゃない、そこに居るのが一番楽しいからそうしているのさ、既存の価値観に依存してどこかの型に収まるべきだろうなんてしたり顔で語る連中にはわからないだろうね、あいつらは知らないんだ、手の届くところにあるものだけに手を伸ばすことの愚かさを、すべてを取り除いたとき最後にひとつだけ残るような言葉、そいつの為に俺はこうして生き延びているというわけさ。