空き家
リリー
長男の叔父が相続して売却されるまで
二十五年間空き家だった
母の実家
大きな日本家屋の庭で
剪定されない樹木と荒畑
雑草の茂る一角に、水仙が
亡くなった祖母を忘れじと香る
縁側で腰かけているおじいちゃんと私
あのとき、けぶるように咲いていた菜の花は
いつだったのか?
「のんちゃん、ママが待っているからもう帰りなさい」
私を見る祖父の穏やかな表情は
いつの時代を生きていたのだろう
私の母の四回忌は過ぎていた
半世紀以上を連れ添った妻が病に伏すと
あとにのこされたおじいちゃん
長男夫婦との同居生活を始めた高層マンション
やがて彼は、高いところに月のある夜
遥かな山頂にむかって
雲にとざされた尾根から尾根へと駆けめぐる
誇りはどこかへぬぐい去られ
細く長い叫びをあげる山犬の様であったかも知れない
尾根の岩の上で遠い仲間の
同じ遠吠えを感じたとき
肩先をすぼめピンとはね上がった耳は次第に垂れて
目の光がやわらいで何と優しく
かなしげなことだろう
叔父は週末に父親を庭のある実家へ
連れ帰るようになり
私が訪ねて行った日に二人きりになった
おじいちゃん
時間のうねりとさやけさと
風景の其処に咲きほこる
あの菜の花のいろは、どんないろだとも言いづらい