メモ(転倒)
はるな
わたしは、この世界のことがあんまりすきじゃなかった。(美しいと思ってはいたけど)。それだし、世界のほうもわたしのことあんまり好きじゃないだろうなって気がしてた。こちらを向いてくれないし、照らしてくれないし、背だってあんまり伸びなかったし。
でも世界のなかにも好きなものはあって、(たくさんあって)、たとえばどくだみの茂る校庭の裏庭、中学校の体育館の横にある植え込みに沈丁花が咲くこと、選択教室の机はふだんの教室とつかって天板が白くてつるつるしてた、商店街のうすぐらい店で買ったドガの絵の傘(だから雨が降るとうれしかった)、少しかためのゼリーをスプーンでうすく削って食べる、アクリル絵の具のチューブが格好良く潰れる瞬間、とっておきの紙のうえをすべる鉛筆がすり減っていく(すり減るのとちょうど同じ分の線がひかれていく)、よる、すべてが済んで、植物たちは水を吸い、部屋のなかのもの全部におんなじだけ夜が乗っていること。
わたしはときどき頭のなかでぶらんこにのっている。下降し続けるぶらんこの、頭頂部あたりから自分の体を見下ろしている。すごい速さで下降していく。握りしめた手からすこし鉄のにおいがする。
いまも、ほとんどなにもかわらない。
遠くなる意識を丸め込んで電車に乗り、(縋るために着飾り)、調子が悪ければ悪いほどあらゆるものが頭のなかで言語化されていく。ものをななめからしか見られず、ああこれじゃあだめだと思って向きを変えればたちまち転倒。わたしは起き上がることができる。でも、周囲はそう思わない。
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