長嶋茂雄
無名猫
訃報を伝えるニュース
その少しあと、
自販機で缶コーヒーを買っていたら、
会社の若手から訊かれた。
「で、大谷とどっちがすごいんですか?」
缶を落としそうになった。
それは、たとえば
「月とあんみつ、どっちがえらい?」みたいな話。
一瞬、
そりゃ長嶋でしょ。
と言いそうになって、飲み込んだ。
大谷だってすごい。めちゃくちゃすごい。
自然がうっかり理性を忘れてこしらえた、究極の人間。
間違いなく、彼らの世代のスターだ。
だがしかし、おれの中では、
長嶋が唯一無二のスター。
というかそもそも、
彼は“地球仕様”じゃない。
比較など、できるはずもない。
長嶋なら、こう言うはず。
「そりゃあもちろん、月のあんみつですよ!」
記者がポカンとするのを見て、
笑みを絶やさず追撃する。
「カレーに乗せたら最高ですよねぇ!」
実際、
彼はずっと笑っていた。
宇宙語みたいな野球解説、
「今のはですね、来たボールをね、こう、グッとやって、スパーンです」
プレーは神がかっていた。
言葉は風と遊び、
バットはしっかり風を捉えた。
それは間違いなく、魔法だった。
大谷くんは、完璧すぎて心配になる。
長嶋は、心配させてから完璧にする。
どっちがすごいって?
君はまだ、
“混乱から始まるヒーロー”を知らない。
長嶋は、
地球のルールに飽きてしまったんだろう。
だから、言葉も常識も、
物理の法則さえもすっ飛ばし、
宇宙に帰った。
地球での任務を終えて。
そろそろ次の惑星に着いた頃。
「いやぁ、この星のマウンドはちょっと斜めなんですよね。そこがいいんです!」
ちょっと何を言ってるのかわからないけど、
さすがは長嶋。
空を仰いだ。
野球のベースみたいな雲。
ぬるくなった缶コーヒーの苦させいだろうか、
少し涙が出た。