呪いの夜
ホロウ・シカエルボク
ベッドに潜り込んだ状態異常の夜はすんなりと眠りに連れ込んではくれなかった、考え過ぎかもしれない、昼間気温が高過ぎたせいで身体が落ち着かないだけかもしれない、けれどいずれにしても結局眠ることが出来ず、俺は戯れに言葉を並べ始めた、こうなるともう書き上げるまで眠ることは出来ないだろう、腹を括れよ、やり始めたのならきちんとピリオドを打つべきだ、近頃のやつらはてめえのケツをちゃんと拭くことすら出来やしない、俺は始め方を知ってる、そしてきちんと終わることも、いつだって同じことをやるだけさ、デバイスや気分によって変化なんかどんなふうにもつけられる、マンネリや退屈など感じている暇もない、俺の脳内で幅を効かせる暴徒どもは時と場所を選ばない、適切なアプローチの仕方というものを知らない、だからこんな風に、日付変更線を超えてまでフリック入力を繰り返さなければならない、難儀な野郎だ、なんて思いながらもそんなに悪い気はしない、近頃はこの面倒臭い性質をどこかで楽しんでいる気さえする、一度始まると宥めるまで終わりはしないのだ、そして俺はその適切な処置を知ってる、時々抜き打ちテストみたいにこんな夜が訪れる、明日も仕事なのに眠れない、目はどんどん冴えていく、体内で渦を巻き始める何かがある、朝まで時間はたくさんある、やってみる価値はある、ちぇッ、しょうがねえ、わかったよ、まったく…書くときには少しぼんやりした状態に頭を持っていく、そうすると何も考えずに言葉を並べていくことが出来る、整合性やテクニックで書くのは好きじゃない、ただ出来が良いだけのものを作ってドヤ顔するくらいなら真面目に働いたほうがマシだ、それが確かさを求めないものだから俺は手を染めたのだ、何の話をしているのかわかるかい、俺はいつだって未定でいたいのさ、まっさらな予定表に具にもつかない言葉を並べていくんだ、ルービック・キューブよりも高度なパズルだぜ、視覚的なものだけじゃない、感覚的な組み合わせだって無限にある、気持ちが途切れなければいつまでだって続けることが出来る、いつだってそいつは生まれたがっている、俺たちがその真奥に近づくことは出来ない、表層を掠め取るのが関の山さ、だからこそ何度も始めてしまうんじゃないか、おいそれとは届かないものだからこそ…俺はもうそういうものだって知ってる、だけど時々、ほんの少し近づいたと思える瞬間がある、真っ白になって、取り憑かれたように指を動かし続けることが出来る時間がある、それはただの気持ちの高揚であることも多々だけれど、間違いなくいつもとは違う何かに触れた、と感じることもある、その感触がいつまでも俺を煽り続ける、さあ、頭を真っさらにして始めろ、言葉を紡いで、脳味噌の最奥にあるものを引き摺り出して来いと…いいとも、と乗っかる時もあるし、拒否する時だってある、本当なら今夜は、どちらかと言えばそういう夜だったかもしれない、だけどあまりにも何もしなかったという1日の終わりには、そんな感覚に突っ込んでみたほうが穏やかに眠れるのは確かさ、それが何なのかは俺にもわからない、ただの自己満足かもしれないし、もっときちんとした理由があるのかもしれない、だけどさ、理由ってそんなにはっきりさせなきゃいけないもんかね?車を走らせるのにガソリンの成分を知る必要はないだろ?それと同じことだよ、目的は走ることなんだ、燃料は勝手に燃え続けてくれる、キーを引っこ抜かない限りはね、人間というのは意外に面倒に出来てる、自分が何を求めているのか気づけない時がある、そんなバランスの狂いに気づけないなら、身体の力を抜いて、ただ流れに乗っかってみるのがいい、いつもと違うことをしなけりゃいつもと違う時間を終わらせることは出来ない、ちょっと前に言ったろ、俺は始め方を知ってるし、きちんと終わらせることだって出来る、あれはそういう意味なんだ、なあ、君はこれを与太話だと思うかい、聞く価値のないくだらない話だって、なるほど、君はきっと、あらすじだけを読み取って全てを決めるタイプなんだろうな、それはだけど、夏休みの宿題みたいなもんだぜ、そんなことをしてなんになるんだい、そんなことのために文章は存在しているわけじゃないんだぜ、俺はここに何かを残そうとしてる、それがどういうものかもわからないままね、だけど、結局、正直さってそういうことだと思うんだ、書こうとするもののすべてがはっきりとわかっているなんてことはあまり無い、むしろ書いてる本人にだって理解出来ないことがほとんどだろう、だから意味があるんだ、だから続けてしまう、だから誘いに乗って言葉を並べてしまうのさ、時々呪いだって感じることがあるよ、これは俺の人生にかけられた呪詛なんだってね、だってさ、そうして生まれてくるものは時々凄く悍ましいものだったりするし…だけどさ、だからこそやめられないんだろうな、だからこそ次を見たくなるんだよ、そいつがどこから来たのかなんてわからない、でも確かにそれには理由や意味があって、操り人形みたいに俺に言葉を並べさせるんだ。