未分化横丁、ついてこないで、刑事アメンボ
菊西 夕座

生まれたのはアメンボ横丁、ではなくて未分化横丁の横っちょの方
あまり覚えていないのは、そのほうがいいと道が途中で折れていたから
その折れた「く」の字の突き当りからちょろちょろとわきでている地下水の求愛
壁にはりつくようにして道を登ってきた影が、口の横っちょにふくんで一息いれる
地下はそれをとがめるように胴体を複雑にうねらせるから、道が波打ってしまう
せっかく一息いれていた白蟻のような影は、波頭にはりついたまま落下していく
影の位置は盛り上がったかと思うと降下し、また次第に盛り上がっては降下する
その波形が地平のはてまで延びていくのを見ながら、突き当たりに立っている外灯
ようやく腹の虫がおさまって地下が平静に復すると、またちょろちょろと湧きだす求愛
外灯はそれを照らすでもなく白昼夢に面をくもらせながら、肌に錆の星座を浮ばせる
夜になっても道ばたに灯りはともらなかったが、錆の星座がきらきらとまたたいていた
十二時をさしていた針が眠気でうなだれるように、道はどんどんと折れ下がっていく
くの字の二股はいつしか六時半のあたりで重なって求愛の汚水を口の奥にとじこめる
それからまた次第に長針が短針を追い越すように、道がわかれてぐるぐる彷徨いはじめる
そうした道にもなりあぐねて、母胎でまだ「?」の形に身を屈曲させていた早熟の異端児
はやくも音符の役割を仰せつかって譜面上にたたきつけられたが、その拍子に潰れた
異端児は血の泡を吹き続けることで抵抗し、泡の歌は沈黙のなかで膨張し破裂した
破裂するたびに吹き上がる血がさらに泡立ち、拡散しながら膨張しては破裂し続けた
その潰れた音階にあわせて泡がときに家となり、店となり、橋となり、連なって凝固した
異様で、不実で、不規則にこわばり、ざらつき、不気味なほど爛熟し、炭化した死せる岩塊
はやくもコロンボになる前の刑事アメンボが悪をかぎつけ、岩をほじくり、膿を吸いだす
あわてふためく膿の、まだ不確かな「ふた」を、あた「蓋」として処理するアメンボの手腕は
蓋の役割を栓とみなし、栓を「線」と読み替え、その線から捜査を開始する経路へと至る
人はこれを窮屈な「読路」と笑うが、アメンボはドクロの道こそ未分化横丁に通じる線と知り
悪が前提となる世界において、完璧な尻の栓からいかに尻尾をつかむかに意義を見出し
まだ未分化のうちから早くも「せん」を手なずけ、せんが「先」となって先鋭化する未来に
先から知っていたと言わんばかりに過去をひきだすことで、栓を線状に伸ばして尻尾とし
悪がわるあがきしたところで所詮は悪にしかなれない未来を、過去でもって照射する転倒
泡の家はいつしか「や」となり、「谷」と読まれて谷底におちていく逆行を未分化に見出し
店もまた「てん」となり、「天」と読まれて盛り上がっていく最果てに「点」と化して遠ざかる
こうしてふたたび波立つ道が未分化横丁に返ってくると、橋もまた「端」のほうへずれていき
横丁の横っちょの端のほうで生まれた遠い始点に、やがて灯がともって蟻のような影となり
壁にはりつくようにして道を登ってきた影が、しだいに大きくなってアメンボの姿をあらわす時
どうかこれ以上は付きまとわないでくれと、刑事コロンボの執拗な追及に根がえる求愛の泉


自由詩 未分化横丁、ついてこないで、刑事アメンボ Copyright 菊西 夕座 2025-05-03 22:11:27
notebook Home