アルツ+ウツ=ワルツ
室町 礼
さいきん固有名詞が出てこない。
むつかしい字ではなく誰でも知っている
作家の名前が浮かばないのです。
あれ? おれ、どうなったの?
あわててその作家が書いた小説のひとつ
を思い出しgoogleで検索して
人物の名前をみつける。
こないだは太宰治が出てこなかったので
作品名を書いて検索しようとしても今度は
作品名が出てこない。
仕方ないので桜桃忌と打ち込んで検索した。
人間失格より桜桃忌のほうが字面としては
むつかしいのだけどね。
怖いのは慣用句のようなものが単調に
なったことだ。
「まぁた、口から出任せを」とか
「あら、目からウロコね」といった言葉を
使えなくなると文章が固くなる。
じっさい、すごくつまらなくなった。
そのことで悩んでとうとうウツのような
症状の兆候が出てきた。
夜すぐに眠れない。
眠っても浅い。
ヘンな夢を見る。
すると日中でも寝ぼけており、そこへアルツが
加わるから
なにもかもが、雑でいい加減で面倒になる。
さいきん、冗長な雑文を連発しだしたのも
アルツ+ウツが原因かもしれない。
とうとう穴だらけの運動靴と
ボロボロになったズボン
泥々のシャツで自転車に乗りスーパーへ
通うようになった。
泥々でボロボロだけどじつは
どれも、ほぼ新品なのです。
というのもわたしは歳とっても
健康のためにスケボーをやる。
すると1万円ほどするスニーカーでも
数週間ほどで小指の上のあたりがすり減る。
これは「オーリー」という技を使うときに
ヤスリのついたスケボー表面をこするからです。
そうでなくとも
スケボーは転がるのが仕事だから
体中が打ち身や挫傷だらけです。骨も二回折
っています。
ズボンなんか買ってすぐに膝あたりに穴があく。
ちょっといいジャンパーなんか着替えてすぐに
転んで泥々になってしまった。
そういう新しい靴や衣類をしまっていたけど
アルツ+ウツで見栄えなんかどうでもよくなり
物価高だからもうかつてのように買えない。
着替えが面倒だしもったいないから
そういう服で毎日過ごそうと考えた。
近所の通い慣れたスーパーの店員さんなどは
わたしをみて目を丸くしている。
道を走っていても
前方から来る人たちが何か可哀想な目で
わたしを見ているのがわかる。
靴からは小指がはみ出ているし、ズボンの膝からは
膝小僧がみえる。
上着はどろどろである。
「可哀想におじちゃん、ビンボーで
行き詰まったのね」
そんな目でみてくれる。移民らしい浅黒く灼けた
人たちはむしろ日本人にこんなのいるの? という
感じで驚いている。
「いや、わたしスケボーをやるから、
こんなふうになるのが自然なんですよ」と
いちいち説明もできないのが歯がゆい。
でも、
アルツ+ウツはけっこう気持ちいい。
ワルツでも踊りだしたくなる。
ヤケクソかもしれないし、
いや
これがわたしの本性かもしれない。