硝子の繭
凪目

殻にひびを入れている
中身を見るまでどちらかわからないときみは言ったけど
そんなの嘘だと思う
扉を閉めたら一人になった
でも 遠くに灯りが見える
見えるからあるに違いないと思う

扉の向こうで返納をせがむ鍵束が鳴っている
返さなければならない
終わったらなにをしよう
ぼくは 踏み倒そうかな
きみも そうしたらいいよ

裂傷の縫い目に手のひらをあてて
蠢く炉の音をいつまでも聞いていた
寄せて返す波の音
岸辺には一枚の鏡が突き立っている
こもれびをまとった柔らかな姿見
鏡の向こうは嵐のあとで 水たまりが
遠くの虹をうつして きらきらとまぶしい
砂浜は亡き骸で満ちている
殺虫剤で胸を詰まらせたたくさんの小鬼から
吐き出されてのたくる結晶
かけらを
拾い集めて
振り上げる
振り上げて
振り下ろす
鏡とぶつかって
鏡が割れる
ほら 見て まだ割れる
まだ もっと粉塵にできる
すべての動物の眠る雪の日みたいに
空から錆びが降り積もる

切片の卵から
体液をよじって蝶たちが
透明に内臓を塗りたくった翅を あんなにまで伸ばして
飛んでいこうとする
花粉と蜜に抱きとめられて 埋もれて
おぼれてぐちゃぐちゃになりながら
集めて 振り上げて 振り下ろしたぶんだけ
灯りが 見えなくなるまで またたいて
やがて どこかへ行ってしまう
誰もが焦がれる桃源郷 ほころびのない結末
眠りの国へ
ぼくはそんなの嘘だと思う


自由詩 硝子の繭 Copyright 凪目 2025-04-24 19:15:01
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