Hostage
ホロウ・シカエルボク
酷い火傷の様な深く疼く痛み、その痛みの上に無数の言葉をばら撒いて膿を解いた、あちこちで蠢く蛆虫の様な思念が、敵なのか味方なのか判別出来なかった、俺もまたそんな、薄気味の悪い境界線の上で歩みを続けているせいだった、焦げた血液の様な臭いがした、もちろん、そんなものの臭いなど嗅いだことはないが―そう形容する以外どんな言葉も無いような臭いだった、あらゆる感覚は寄生虫のようにだらしなくぶら下がっていた、どんな蓄積も役に立たない瞬間というものは必ずある、また、そういう思いをしなければ思い出すことは出来ない、生き続けてきた理由がなんであったか…俺はいつまで経っても悍ましい肉塊であり、貪欲な根源を抑え込み続けていた、とは言え、そのどちらかを切り離して生きることはおそらく不可能だったし、いささか調整が欠けているのはおそらく俺自身の落度だった、俺は美しい花の様な毎日など望まなかった、生まれて来た以上はすべてを知るべきだと早い段階でわかっていた、建前を受け入れてしたり顔を貼り付けて生きることなど一秒も御免だった、いつでも自分が向かうべきだと思う方向を取った、当然ながらそれは正しいことも間違っていることもあった、でもそんなことはどうでもよかった、それは結果そうだったというだけのものでしかないからだ、俺が欲しいものは始めから結果などではなかった、火に炙られて初めてその熱さを知るように、あらゆる現実を身体に刻みたかったのだ、俺が俺である為に必要な通過儀礼だった、そしてそれは、俺が自己を得てから死ぬまで、延々繰り返されるものなのだ、俺が途中でそれを叩き折ったりしない限りは、ね…そうさ、血液が焦げたような臭いだ、いつだってその臭いの正体が知りたかった、太陽の光の眩しさや、月の光の穏やかさについて語るよりも、いつだってそれについて語りたかった、だからこんなものに手を染めたのだ、それが俺をどこに連れて行くかなんてことはどうでもよかった、簡単に言えば、俺はどんな前置きも無くそこに飛び込んで塗れたかったのだ、途轍もなく不吉な騒めきの中に―生温く薄暗い、腐肉の上を歩くみたいなトンネルの中を、吐瀉物を書き殴りながら一歩一歩を地面に刻むように歩き続けた、そうしないと自分の名前すら忘れてしまうのではないかという気がしていたのだ、だがしかし、歩みを進めるに従って自我は果てしない成長を続けた、見るべきものを見、口に放り込み咀嚼して飲み込んだ、それは肉となり、そして血となって全身を駆け巡った、肉体に刻み込まれたものだけが俺の言葉と成り得る、俺はそれを快楽と認識し、あらゆるものを食らいながら陰鬱な景色の中を歩き続けた、他のどこに行く気も無かった、自分で選択したのだから歩き続けるべきだということはわかっていた、初めは痛みがあるばかりだった、そう、酷い火傷みたいな…しかしそれはいつしか緩み、俺の身体の中心で太い幹の様なものになった、それが体内にいろいろなものを循環させた、肉体と精神が様々な現象に慣れて、それを飲み込みながら分析する余裕すら出来た、俺は地震計測器の様にこの肉体の揺れを記録し続けていたのだった、それは時々システムを更新する必要があった、だから俺は綴り始めた、それがすべてを円滑に進めるためのオイルの様なものだった、そうして得てきたものにある程度の脈絡を与えることによって、俺は自分が飲み込んできたものたちの正体を知ることとなった、その為に立ち止まって情報を吟味したりはしなかった、歩みを止めるのは愚かなことだった、それはあくまで歩みの中で自然に表出し、悟られた、そうする頃にはどこを歩いているかなどと気にすることもなくなった、いつしかそれは渇き、平坦で開けた、明るい一本の道となっていた、だが俺は理解していた、すべては所詮同じ道の上なのだと―現象のすべては、この俺の心情を反映しているのだと―俺は様々な現象を理解し、自らの奔流に振り回されることなく、自在に操ることが出来るようになっていた、俺が吐く血反吐を見て喜んでいた連中は面白くない顔をしたけれど、俺は自分が描いてきた軌跡にだいたい満足していた、だいたい、ひとつ山を越えたところでなにも終わりはしないのだ、歩み続けていれば、いつでも自分と向き合うことになる、それが地獄のようであろうと天国のようであろうと、別段頓着することは無い、それは結果を求めないことと同じことだ、それはこれからも大気のように荒れたり萎えたりする、俺はただそこを潜り抜けるだけでいい、時には怪我をするかもしれない、これまでにもあったように、命を落としかけることだってあるかもしれない、けれどその度に俺はなにかを手にし、また新しく綴ることが出来る、覚えてるか、昔俺はこう言った、詩人は兵士なのだと…そいつに砲撃の雨を降らせ続けているのはいったい誰だと思う?それは他ならぬそいつ自身なんだぜ。