時間に色は無い
ホロウ・シカエルボク
蝙蝠どもがイラつきながら宵闇を殴打する頃、俺は早い睡魔の中で人を殺める幻を見ていた、時間は輪転機を思わせる忙しなさで過ぎ、なぜか無性にカップベンダー自販機のブラックコーヒーが飲みたかった、ハナからどんなラベルもない一日に付けるタグなどあるはずもなく、身体はひたすらひととき肉体を忘れようと目論むばかりだった、ドッケンだかスキッドロウだか…プレイヤーにはそんなディスクが入れっぱなしで再生され続けていた、先週までの寒さが嘘みたいに暖かい午後だった、そのまま眠ってしまっても文句を言うものなど誰も居ないのに、俺は睡魔に抗い続けていた、昔からだ、穏やかさに身を任せることを不安に感じてしまう、俺が人生に求めているのは多分、何も考えなくとも過ぎて行くような時間ではないのだ、といってその闘いに勝算があるわけではなかった、むしろ始める前から負けることはわかっていた、でも、それがなんだって言うんだ?勝算のあるなしと闘いの理由とは決してリンクすることはない、それを矛盾と呼ぶかどうかは各々の勝手だけど、矛盾なんて存在している方が自然なんだぜ、現実から目を背けるのはよしなよ、リアルだって言い張るんならそこから目を逸らしちゃいけない、片付けられた部屋ばかり見つめていると散らかし方だってわからなくなるに決まってるさ、そういえば子供の頃は、起きているか寝ているかよくわからない微睡みの時間が好きだったな、と思い出す、曖昧な境界を長く楽しみたくて、なかなか身体を起こせなかった―でもいまはそんなことはない、睡眠に飽きたみたいに起き出してしまう、自分の中でその時間を切り捨ててしまう、生きて来た時間に比べれば、生きていく時間は確実に少ない、それを理解しているから急いているのかもしれない、単純に眠り続ける体力を無くしたせいかもしれない、どちらでもいい…どちらかを選ばなきゃいけないような気になることはあるけど、その選択のせいで人生が違うルートに入るわけじゃない、人生の分岐点なんていつだってひとつしかない、自分として生きるか、周りに染まるか、それだけさ、とうとう少し眠ってしまった、とても穏やかな短い夢を見た、でも何ひとつ思い出せなかった、シャワーを浴びることにしよう、転寝の寝起きは決して爽快という風にはならない、強引にフラットなポジションへと流れを戻す必要がある、そしてその作業を最も簡略化してくれるのが熱いシャワーというわけだ、身体を洗いながら剃刀で髭を剃る、俺の髭はまばらで、どんなに頑張っても唇の周辺にしか生えやしない、顎のラインに沿って生える髭に憬れたけれど、どうやら無理そうだ、人生に心残りがあるとすればそんなことくらいかな―もちろんこれは冗談だけど―髭が少ないのは男性ホルモンが少ないせいらしい、まあ、そんなことどうでもいいんだけど…男らしさってのは、喧嘩っ早くて、ヘビースモーカーで、酒豪ってことでいいんだっけ?あと絶倫?じゃあ別に要らないな、そんな要素、中途半端にそんな要素を持っている人間は周囲に沢山居るけど、みっともないやつだなと思って終わりだしね、男らしさや女らしさなんて下らない話だよ、レッテルは多ければ多いほど本質とは遠ざかる、あれはこうだ、これはああだ、この人はこうで、あの人はこうだ、そんな風に言い切れることがクレバーだという、いわゆる庶民の美意識とでもいうようなムーブがあるけれど、そんなものには何の意味も無い、ある程度共通の認識というものはある、でもそれは本質とはまるで違うものだし、自分以外の何か、誰かについてすべてを知るなんて事は有り得ない、だからそんなものには何の意味も無い、自分自身の意味を見失っているやつほどそういうことを言うよ、何かを知っているように見せないと不安なのかもしれないね―まったくもって的外れ、余所見、寄道をした場所でいくら能書きを垂れたところで、人生へのフィードバックなど何も無いんだということに早く気付くことが出来ればいいね、と思うばかりだよ、浴室から出て身体を拭き、新しい衣類を身に着ける、夕食の時間だ、外で食うか家で作るか…今日は外に出ないことにした、ハムエッグでも作ることにするか、夕食の時間―夜のゴールデンタイムの間だけはテレビを観る、毎日だいたい見るものは決まっている、流行とは関係ないところで動き続けているバラエティーが好きだ、と言っても、クイズ番組とかじゃなくて、タレントがいろいろな企画を上手にこなすベーシックなやつさ、とにかく動き続けること、自分に出来ることをやり続けること、後は勝手に出来上がっていく、俺はずっとそうやって生きて来た、テキストとして素晴らしいものを作ることになんか興味が無い、俺は自分の変化を見続ける傍観者でもある、思えば小さなころからずっと、俺は俺自身の視線を感じ続けていたな、日常を生きている俺と、それを見つめている俺が必ず同時に生きている、それはこの歳になっても変わることが無い、これがなんであるかなんてどうでもいいことさ、ただただやり続けて、駄目になったら目を閉じるだけだよ。