炎が喚く
ホロウ・シカエルボク


漂白された死の概念が脳髄に内訳を差し込む頃、路面電車のリズムに悲鳴が混じっている気がした、いつかの混濁した意識の思い出、黒塗りの家具にべっとりとこびりついた深紅、冬の午後はあの世とコネクトしている、それは多分、末期のようにじっとしているせい、コールタールの濃度で脳味噌が稼働している、現在は古い映画のように草臥れた色に見える、伝承のように色を無くして記憶の中だけで生きているものたち、揺り起こそうとしてはいけない、もう二度と目を覚ますことは無い、そう思っていれば少なくとも寝床が騒がしくなることは無い、窓を小さくノックするような音は風に舞ってやって来た幾粒かの時雨だろう、すべての声に応えることは無い、ほとんどのものはまやかしだったはずじゃないか、案山子のような夢が物置でゆらゆらとしている、もしもそいつに鳴声があるとすればか細い声で鳴くだろう、道路工事のドリルと重機の音、少し離れたどこかの路上でライフラインが整備されている、交通誘導警備員はいつでも自分の役割にいかほどの価値があるのかと自問している、おっと、これは差別的な発言ではない、ほんの少し経験したことがあるのを思い出しただけだ、あの頃は金に困ることなんか無かった、でも一番虚しい時間でもあった、卑しい連中が大勢で自分が何者かであるように見せようとしていた、もうこんなことを思い出すことなど無いと思っていた、騒々しいインストルメンタルが流れている、セールスに背を向ける方が信念のある音楽に出会える、それは他のどんなジャンルだって同じことだ、理由があって声を発しているものたちは社会性など問題にしない、社会的に生きようと思わない限りそんなものは無意味だ、けれど、そんな物差しを表現に持ち込もうとする連中が居る、規律や統制が必要なら大人しく社会人をやっているべきだ、人間であることとコミュティの中で生きることは同じではない、どちらを選ぶかというだけのことだ、中途半端な足跡など残しても鼻で笑われるだけ、どちらかに決めて覚悟することだ、それが真っ当さというものだ、俺は野垂れ死ぬ覚悟すら決めた、だがどうやらそうした決意と運命はそれほど連動することはないようだ、欲をかかなければ最低限暮らすことは出来る、俺は自分が作り出すものを娼婦みたいな真似をしてまで認めてもらおうとは思わない、自分があと幾つの扉を叩けるのか知りたいだけさ、認知されるためなんて馬鹿げている、その時点で資格は剥奪されているも同然だ、社会を基準にしている時点で、自ら強固な檻に潜り込んで施錠されるのを待っているのさ、何かを成し遂げたもののような顔をしてね、それは誰にだって出来る、それは誰にだって出来ることなんだ、既存の概念に寄り添って、ガイドラインに従って良く出来ているだけのものを作るなんてことはね、そんなもの設計図に従って部品を組み上げているのと大して違いは無い、もちろん、工場で働いている人間を下に見ているわけじゃない、俺が言いたいのは、見本通りに作るだけの表現など無意味だっていうことさ、いや、継承が無意味だと言っているわけじゃない、継承されるべきはスタイルじゃなくスピリットなんだというだけの話さ、スタイルの中で良いものを作り出す人間がたくさん居ることも知っている、でも、そういう連中がラインを越える瞬間を俺は見たことがない、型枠が用意されていれば、どんな可能性を秘めていたとしてもそこで成長が止まる、型枠はそいつの精神の成長に応じて形を変えたりしない、だってそれはそいつの為に用意されたわけではないのだから、型枠の力を信じて、強い理想を持てば持つほど、頭打ちになっていつか理想そのものを忘れてしまう、そんなやつがこの世界にどれだけ居ることか、思い返してみるまでも無い、何の為にその場所に固執している、何の為にそこで成果を求めて彷徨っている、自分の心を激しく震わせたものは、あらかじめ決められた枠組みの中で作られた産物なんかじゃ決して無かったはずさ、それは着火剤によって燃え上がった火じゃ無かったはずだ、勝手に生まれて、勝手に燃え上がった激しい炎だ、今いる場所でどんなものを作り上げたとしても、どうしてそれが燃え上がったのか知らないままで生きるなんて不毛だ、初めから見当違いの場所に手を伸ばしているだけなのさ、壁は無い、柵は無い、境界は無い、主義は無い、思うがままに泳げばいい、そこにはたくさんの無駄がある、でもほとんどの無駄は、あとになってそうだったと知ることが出来る、どの地平に水が沸いて、どの地平が渇いたままなのか知ることが出来る、自分が呼吸するべき空気を、自分が吐き出す息の強さを、感じて知ることが出来る、マニュアルは存在しない、セオリーの無い場所で踏み出すところから始まる、何も知らないことが恥ずかしいのかい、そこからなんだって知ることが出来るのに、知ったような顔をすることの方がよっぽど恥だぜ、百年足らずの人生で知ることが出来ることなんてたかが知れてる、ただただがむしゃらに走り抜ければいい、脳味噌で記憶する必要など無い、身体は勝手に必要なものを記憶していく、感覚を殺すな、そこからしか命の灯は燃え上がることは無い。



自由詩 炎が喚く Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-02-16 14:06:43
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