なにもないこと
由木名緒美
空のへそが
おだやかに雲をまわすので
私達は晴れた日を
サンドイッチをほおばり歩いたり
約束の場所に引き寄せられたり
ベンチで書類をひるがえしたりする
梢のタクトが
遠いクラクションを連れてくるので
私達は頭の中のシナリオから顔を上げ
地球の自転の間伸びした街に
生き急ぐ肩を叩かれたりする
どうしようもない程
繰り返す私達は
繰り返す問いに答え続ける
どうしようもない程
確かめてはじめて
未開の地に片足を踏み出すから
飛び出したから進むしかない
心にどうしようともたれかけ
恐がりながら聞いてもらい
大丈夫だからと上を向く
何もなかったよ
何事もなかったんだよと
何もないことを大喜びする
ないことの何がそんなに幸せなのか
分からない程
間違いに備えて 汗をかいて
何かしたいんだろうか
したくないんだろうか
ほら 何もないよ
あなたは大丈夫よと
心の中で背中を押す手は
何度もそうされた温もり
地図通りに向かう
交渉が成立するよう万全を期す
なにもない喜びは
なにもないが大きい程
深いないに帰る喜び
死とは案外幸せなのかもしれない
深いないに帰る喜びが
本当にないと感じられるから