年月など関係ない、人もモノもただそこに存在しているだけなのさ
ホロウ・シカエルボク


名も知らぬ魚が、水面で跳ねる夢を見た明け方、天気は雪が降るかもしれないと、あくまで可能性の話、思考のどこかにセロファンが挟まれているような、澱んだ水のような目覚め、その時俺の脳裏に浮かんだものを、お前になんと説明すればよいだろう?イントロダクションにこだわる必要なんてもう別にないけれど、だからと言って忌々しく思うことも無いというわけじゃない、でも抗おうと喚こうと、何かが変わるわけじゃない、そもそもそれは、俺自身の身体に蓄積されたある種の悪循環のせいかもしれない、ゆっくりと顔を洗う、自分の造作を確かめるように、ゆっくりと…冷たい水は静かに脳髄まで浸透していく、肌には良くないらしいが、すっきり目覚めるための手段としてはなによりも手軽で有効なのは間違いない、鉄の小さなフライパンを温め、ハムエッグを作る、朝食はそれだけ、数十年かけて定着した朝食、特別こだわりがあったわけじゃない、結局それが一番しっくり来たというだけのことだ、着心地の良い服だけが残っていくように、朝食はハムエッグになっていったという―そういう話、古いロックを流しているチャンネルを探して、心地良いギター・サウンドを聴きながらコーヒーを入れ、食卓に座ってのんびり食った、近頃はマンチェスターあたりの時代もクラシックになるらしい、だとしたら去年猛烈に売れたローリング・ストーンズはなんだって言うんだろうね?チャーリー・ワッツが居なくなったことを俺はまだ消化出来ていない、まあそんなの、もしかしたら当人たちもそうかもしれないけれど…ああ、この話は前にもしたな、油断するとすぐ同じことを話してしまう、食べた皿はすぐに洗う、暮らしを楽にするポイントのひとつだ、二月の初めのなんの予定も無い週末は、それまでにも何度も繰り返された朝のひとつだった、でもそれは、そんなルーティンがなんとなく始まった頃からの何年かの蓄積の一日でもある、生活が生活になるのにもそれなりに時間はかかるということだ、でなければライフ・スタイルなんて単語が存在するわけもない―俺の言ってること間違ってる?まあ、ある種の簡単な人たちにとってはきっとそうなんだろうね、ほら、速く走る車に乗ってカッコイイ、くらいの価値観で生きてるような人たちのことさ、まあ、そんなことどうだっていいけれど…歯を磨きながら自分の顔をチェックする、完璧とは到底言い難いけれど、まあ、歳の割にはまずまず、無駄肉をつけないことだって自己表現のひとつだと俺は考えている、脇腹以外はだいたい上手く表現出来ている、その他にもあれこれと気になることはあるけれど、あんまりこだわり過ぎるのもちょっとね。あれこれ試しているうちにいつか解決策が見つかればいいな、ぐらいの気持ちでやり続けるだけさ、物事はいつだってやり続けることから始まるんだ、そこから結果に繋がるまでには途方も無い時間がかかる、十年やそこらじゃ辿り着けやしないんだ、それなりの時間と労力が必要になってくる、そして、自分にとってその過程と結果がどういうものだったのかっていう判断をきちんと下せることが重要で、どれかひとつでも間違うと二度と同じようには出来はしない、でもまあ、ひとつ結果が出るまで頑張ったのなら、なにかしら得るものはあるさ、あまりそのことを突き詰めないようにすることだ、頭で理解しなくたって、身体はきちんと覚えているんだから…朝が一段落したら水を一杯飲む、それで次の行動を始めることが出来る、だいたいは着替えて近くの本屋を巡る、この辺りの本屋は昔に比べたら随分減ってしまった、近くの本屋なんて言っても本当に近いのは一軒のみで、あとは半時間くらい歩かないと辿り着けないところばかりさ、まあ、それでもないよりは全然いいんだけど―昔の人はたくさん本を読んでいたよな、今の人たちがスマホを見てるような場面ではだいたい読書していた、ゼロ・ゼネレーションだの村上春樹だの面白い動きがたくさんあった、みんなそれを自分で選ぶことが出来た、今じゃ朗読してもらった小説をイヤホンで聞くらしいね、正直俺はそんなものを聞いたことがないしこれから聞く予定も無いからそれがどういうものかなんてまるで理解出来ないんだけれど、でもなんだろうね、それは読書じゃないぜ、寝物語に絵本を読んでもらってるようなものだ、文字列を目で追いかけて、イメージして、ページを捲ることが大切なのさ、そこには自分のリズム、自分のイメージってもんがあるだろ…世界はどこまで過保護になって、省略され尽くしたものだらけになって行くんだろうね、イマジネイションなんて過去の遺物になってしまったよ、時代について行けない年寄りの戯言だって?そんなステレオタイプな言葉で片付けるのも結構だけれど、でも俺に言わせればそんなのただの逃げだと思うぜ…。



自由詩 年月など関係ない、人もモノもただそこに存在しているだけなのさ Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-02-03 21:59:45
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