地下鉄の思い出
板谷みきょう

地下鉄で通勤していた頃
車内で読書して時間を潰していた

頭でっかちだった当時は
精神分析や心理学の専門書を読み
いっぱしの専門家ぶって
臨床心理士達と議論を交わしたものだ

そんな時に言われた
「板谷さんは、ダニエル・キイスの
『アルジャーノンに花束を』を
読んでみるのも良いね。」

早速、紀ノ国屋で
早川書房から出版されていた
ピンク色に花束のイラスト表紙の
ハードカバーを買った

地下鉄車内で読むには
ちょっと恥ずかしい表紙だったので
紀ノ国屋のカバーを付けたまま
読み始めたけれども
ひらかな文にやや戸惑いながら
それでも
すぐに虜になってしまった

行きと帰りの地下鉄の車内で
南北線と東西線の
乗り換えの待ち時間を含めて
どんどんと読み進めていった

最終章を読み始めたのは
帰りの地下鉄
東西線の中だった

乗換駅の大通りに
近付いた頃には
溢れてくる涙を
胡麻化すのが精一杯だったのに
止めることが
出来なくなってしまっていた

そして最後のセリフの一文
「アルジャーノンのおはかに
花束をそなえてやってください」を
読んだ時に
切ない程の哀しみに
堪え切れず
嗚咽を漏らして
大通りに着く前に
地下鉄を
降りてしまったのだった


自由詩 地下鉄の思い出 Copyright 板谷みきょう 2025-02-03 21:56:21
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