NWSF怪畸ロマン 斬魔屋カンテラ!!『水と空氣と花と』①
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki

〈水然り空氣も然り春立ちぬ 涙次〉


【ⅰ】

 安保宙輔は今度の株式総会で、株式会社貝原製作所の代表取締役・社長の坐に就任が決まつた。安保さんとしては、氣が重いのである。彼は一箇の職業人として、ありたかつた。現役に拘るのはその為である。ともあれ、會長室に就任挨拶の為、赴かなければならない。中板橋の持ち家から、愛車・日産シルビア(昭和六三年式)を運轉して、會社に向かふ。脊廣は後部シートに置いてあつた。彼は作業服・作業帽と云ふなりで、クルマを駆つた。
「お早うございます」社員たちの聲も、今までとは違つて聞こえる。彼は溜め息一つ吐いて、社長室で脊廣に着替へた。會長室のドアをノック。「會長、安保です」
「おゝ安保さん。まづは社長就任お目出度う」「有難うございます」社主でもある貝原文嗣カイハラ・フミシはチャイムを鳴らして、秘書を呼んだ。秘書が、お茶をトレイに載せて部屋に入つてくる。何もかもが、昨日と違ふ。會長とは、今まで貝原製作所隆盛を目指し、共に汗水垂らして働いてきた仲である。「貴方の終生變はらぬ現役スピリットを、社員たちに叩き込んで下さい。だうぞ宜しく」「は、」深々と一礼して、會長室を後にした。

 カッちやんからメールがきてゐた。「新社長ですつてね。お目出度うございます。今度記念の『梅見會』を企画してゐます。越生の梅林で呑めや歌へやしませう」テオからもメール。これは、所謂「新兵器」製作の依頼。圧縮空氣を放射する「空氣砲」。猫にもボンベが脊負へるやう、なるべく輕い素材で、との事。カンテラ方面からの連絡は、何かと氣が和む。ふと、カンテラからのヘッドハンティングの誘ひに、乘つてしまはうか、と思つた安保さんであつた。


【ⅱ】

 中野區役所から、お呼びがかゝつた。何でも内密の話がある、と云ふ。區長ぢきぢきの依頼となるだらう、との事。お役所担当は、かつて大藏官僚であつた(役人と云ふ者らの生態を能く知る)じろさん。スーツの上にダウン・コートを羽織り(お洒落なじろさんはノータイであつた)、杵塚のジェンマ250の後ろに跨つた。
 區長・剣崎と打ち合はせ。剣崎に拠れば、「ベルゼブブ團」なる謎の組織から、二億圓出せ、さもなくば中野區の水道水にボツリヌス菌を混入する、との脅迫文が送られてきた、と。警視庁にはその旨傳へたが、何しろデータがないと云ふ。警察はほゞ「丸投げ」の姿勢で、カンテラ一味を紹介したらしい。
 脅迫文のコピーが手渡された。古色蒼然とした、新聞紙の切り拔きを張り合はせたブツである。「ベルゼブブ」と云へば、魔界の「蠅將軍」だな、とじろさんは思ひ、取り敢へず調査だけは請け負つてきたのだつた。


【ⅲ】

「ベルゼブブ團ねえ」カンテラは相も變はらず、外殻に籠もつてゐたが、ふと實體化して、「まあじろさん、一服つけてくれよ」カンテラは珍しく煙草に火を燈した。指先から小さな炎を出し、自分のくしやくしやのエコー・シガアと、じろさんのキャメル・クラフトにそれを移す。煙を吐くと、「俺の記憶では、奴(ベルゼブブ)は自分の周りに親衛隊らしき組織を侍らせてゐた、なあ」
 じ「人間で、そ奴の名を騙つた連中、或ひは個人、とも考へられないか?」カ「然も悪戲でね。さうあつて慾しいのだが。取り敢へずテオにデータを見て貰はなくては。ボツリヌス菌培養してゐる奴らをリストアップするんだ」

 安保さんが驚愕した事には、梅林で梅見の話、何故か貝原に筒拔けで、「私もお邪魔していゝかな?」さう云へば、社用のPCでのメールのやり取りは、庶務部に逐次チェックされてゐるんだつけ。今度からはケータイを使はなくては。「いや、カンテラ氏と貴方が繋がりを持つてゐる事、以前から羨ましく思つてゐた。カンテラ氏に、依頼したい事があつてね」

 カンテラ事務所、千客万來である。ヤマが區役所から入つたので、梅見會は延期を頼まうと思つてゐたカンテラだつたが、こつちも仕事に関係してくるのでは、さうも行かない。カッちやんに改めて、會開催の準備を頼んだカンテラであつた。

 それにしても、會長から依頼の話? これは飛んだ椿事である。


自由詩 NWSF怪畸ロマン 斬魔屋カンテラ!!『水と空氣と花と』① Copyright 川崎都市狼 Toshiro Kawasaki 2025-02-03 10:46:36
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