NWSF怪畸ロマン 斬魔屋カンテラ!!『幼馴染』後篇
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki
【ⅳ】
テオと林氏の對談は、テオの心配を他所に、大成功を収めた。林氏は是非にもタニケイ作の小説、『ももんがあ!』をドラマ化したい、と云つた。おべんちやらではない、本氣の申し出であつた。物語の脊景となるのは、四國四万十川流域の豊かな自然。そこで、と或る少年と、テオと同じく人間の言葉を理解する、天才ももんがの心の触れ合ひがあり、それを見守る靑年実業家(始めはこの地帯にリゾート施設を作るべく開發事業を進めてゐたが、少年と、ももんが・アイの眞情に触れ、改心し、彼らの成長を見届ける事となる)が絡む、感動作である。
テオは林氏の熱意にほだされ、つひOKを出してしまつた。木嶋さんの眼鏡がきらりと光つた。「これで谷澤景六は必ずや作家として更なるステップアップをするわ」
林氏は靑年実業家の役には、髙任ユウジを豫定してゐる、と打ち明けた。「ユウジは私の秘藏つ子。彼の存在で、ドラマの人氣爆發は約束されたも同然です」「は、はあ」林氏のこのドラマに賭ける情熱に氣押されたテオ、であつた。
【ⅴ】
商賣女は生まれて初めてだつた。大體が、寢てくれと女に頼む事などなく、それでゐて不自由はしない、髙任である。女を買ふ事、などは今まで想像だにしなかつた。逆に云へば、それだけその夜の彼の孤獨感は、酷かつたのである。
女と一夜を過ごした、その明け方、「これ、幸福のお守りです」さう女は云ひ、安つぽいビーズのブレスレットを殘して、彼女は去つて行つた。
ブレスレットは特に何の氣なく、アクセサリー入れに仕舞つておいた。幾夜かゞ経つた。夜更け目醒めると、あの夜の女がベッドに入り込んでゐる。「わ、わあ」思はず照明を點けると、女は消えた。心には女の聲で「何故ブレスレットをしてくれないのです?」その言葉が谺してゐる。ぞつとして、ベッドから出、冷やしてあるビールをがぶ飲みした…。
それから幾度も同じ事が起こつた。自分は嫉妬の余り、氣が狂つたのか。仕事の間も、ぼうつとしてしまふ。ディレクターはじめスタッフたちは何やらこそこそ囁きを交はしている…。
腕組みをして、林和規がその模様を見てゐた。「ユウジ、ちよつと俺と話しやう」
プロデューサー室で、髙任は林に、洗いざらいをぶちまけた。
林「さうか。お前には少し酷だが、カンテラ氏に依頼するしかあるまい。彼ならこの一件、闇に葬つてくれるだらう。世間が何と云ふか心配なのだ。これから大仕事が控へてるんだ…ちやうど、テオさんとは近付きになつたばかりだ」
【ⅵ】
ヴァレンタインの当夜、タンギーのギターは、きちんとスタンドに載つて、この部屋に恰好のオブジェとなつてゐた。カンテラは、現代アートの信奉者なのだ。
悦「ぢや、かんぱーい!」カンテラには、誕生日と云ふものがない。また、悦美とカンテラの出遭ひの日も、彼らは覺えてゐなかつた。その分だけ、ヴァレンタインに寄せる、悦美の氣持ちは深かつた。と、
猫用の出入り口から、テオが入つてきた。「お樂しみのところ、濟みません。急なヤマが發生しましたよ、兄貴!」
訊けば、フリーランスのテレビ・プロデューサー、林和規からの依頼だと云ふ。
「ユウちやんに何かあつたのね?」悦美にはピンときた。「ねえ、一體だうしたの、テオちやん!」テ「話はクルマで。今回段取りは(珍しく)じろさんがやつてくれてゐます。さ、早く!」
おつとり刀、とはこの事である。慌てゝカンテラは大刀を差した。
【ⅶ】
薄暗い髙任のマンションの一室。女の亡靈はまだ出てきてゐない。髙任の身替はりで、じろさんがベッドに潜り込んだ。「今回俺は囮役だ」じろさんは、武道修業の一環として、「氣」を完全に消す術を身につけてゐたのだ。
深夜になつた。
ふとうすら寒い氣配をじろさんが感じると、女が一人、添ひ寢してゐた。だが、今度は驚愕するのは女(の亡靈)の方だつた。がばり、と起き上がる彼女。「あんた誰よ! わたしのユウジを何処にやつたの!」「はゝゝ。濟んませんね、こんな爺イで。心配御無用。あんたもう直ぐ成佛出來ますよ」
物蔭に佇んでゐたカンテラが、すらり、剣を拔き放つた。「南無-」
「しえええええいつ!」亡靈はちゞばらばらになり、やがて雲霧消散した。
【ⅷ】
林に連れられて、髙任は事務所にやつて來た。髙任は悄然たる面持ちであつた。「カンテラさん、申し譯ありませんでした」
「謝るのはこつちの方だよ。人の心を弄んでしまつた。この通りです」頭を下げたカンテラは、だがぶつきらばうであつた。人の心- それは彼には推し量る事の出来ない、闇の領域だつた。
じろさんが付け加へた。「あの女、苦界に身を落とした事をはかなんで、あの夜、ユウちやんに抱かれた後、自死したんださうだ。もうこれでこの世に思ひ殘す事はない、と。ユウちやんの熱烈なファンだつたらしい、よ」
カ「髙任さん、貴方にも菩提寺はあるんだらう? あのブレスレットは奉納して、讀經して貰ひなさい」
林「何から何まで。これ、些少ですが、私のほんの氣持ちです。お納め下さい」カ「だうも」
悦美は獨り部屋に閉じ籠もり、顔を見せなかつた。作者の補足としては、そこには恐らく彼女なりの思ひが、あつたのだ。
〈ヴァレンタインデイほろ苦し愛ゆゑに 涙次〉
大黑屋にいつもの面々が集まつた。安保「今回も俺の出番なかつたな」カンテラ「まあまあ。これ、悦美からの差し入れ」チョコレエトである。安「かー、これ利くね」チョコの中身はアルコホル75%の火酒だつた。
今日は短いがこれでお仕舞ひ。チャオ!