不香の花
リリー
三輪車コロコロ転がして
ゆるやかな坂を下る道、
わづかに小石遊ばせて入る
梅林
手の届かない
白くかすんだ花
ちらつき始めた小雪が
桃色のカーディガンに降り
いつまでも とけなかった
ふるさとの梅林に一人
おぼろな夕方
×××
薄い陽のさす石垣の上に
二つ並んだ長い影がうすっぺらくて
頼りなかった
咲いている梅の花に
匂いのないのが淋しくて
ふと振りかえると
あなたも同じ様に振りかえっていた
把えたいのに
どうして良いか解らない
はかない予感が
心の中を震えてすぎる
目をふせて
たじたじと思いに堪えた
×××
やはりあなたと別れてから
グラスのお酒に
タバコの煙に
華やかに笑いながら
恋をみおくるすべも知って
一人、酒房の片隅にいる
憶えているのは遠い日のこと
悲しみの影はなく
薄らかにある
はつ春
注)不香の花=snow flower。雪の美しさを花にたとえた冬の季語。
(2024年2月9日 日本WEB詩人会 初出を改訂)