OMA issue 202501
おまる

本文は、2025年1月中に、Bレビに投稿された作品を査定したものである。


※なお、現フォプロパーの方は査定から除外


70点~...名作
60点~...プロレベル
50点~...独自の表現を確立している
40点~...及第点


【上位3選】


佐々木春
「オレンジジュース 」
  ...59点

https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=14085

2024年12月に作者によって投稿された「バランス」のリライトである。
詩想のコア部分に、どこかカフカ的な気配があるが、それは単なる不条理の表現にとどまらず近代以降が宿命的に孕んでいる(神=父=主というような)伝統的な神話構造を動揺させること...その点で「恋愛」(=革命)にも類似しているが、しかしまたそれとも異なる、名状しがたい、あらたな関係性の創設が、作者のたくらみであるといえる。
前作「バランス」で登場した「若い警官」(弱い神)は、本作では姿を消し、「青くならない空に残った弱い星の光 いまきみもあの星みたいに死に続けてる」とリテラルに表現される。
全部で6つの各連は、完成度が高い反面、どこか紋切り型の気配がある。しかし、それを超える言葉の配列のねじれが作品全体を貫いており、結果として全体化を拒む構造となっている。
そのため、「各連が統御できていないのではないか?」という一部の指摘(例えば1.5A氏の指摘)があったのは、当然といえば当然であるが、
だが、ここでより重要なのは、統御の欠如ではなく、むしろ「確信犯的な統御のぼかし」が行われている点だ。イメージ同士の接続は緩やかであり、直線的な意味の連鎖を拒絶しつつ、読者の解釈を攪乱する。これは単なる技巧の甘さではなく、むしろ作者の狡猾な「意匠」として機能し、「解くことができない」詩的構造を形成している。
その結果、一部の素朴な読者は失望させられるか、脱力する。
もっとも、この読者の反応は、単なる混乱ではなく、「正統な」文学的営為としての情動反応を示しているにすぎない。
前節の分析から、かろうじて作者の「性欲駆動」との連関を推測することも可能だが、決定的な証拠はなく、これもまた作品が持つ「解体と流動」の力学のなかで生じた余波にすぎないのかもしれない。
このような作品に触れると、自分の性交観はもはや時代遅れなのだろうか?とも。



エイクピア
「ロバ」
  ...59点

https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=14213

シュールもどきが多い中で、本物のシュールを提供している、Bレビのキングオブシュール。本物のシュールに「読解」「解説」の類いは無粋である。ただ楽しめばよいのだ。



中沢
「衒学鳥」
  ...54点

https://www.breview.org/keijiban/index.php?id=14209

「乙」である。はげしさと勢いがある。
端正・格調高い文章でありつつ、読みやすい。古風な文語表現と現代的な感覚、この相反する要素を両立、折衷するのが上手い人なのだと思う。
短い作品だが「鳥」のさまざまな出来事に触れている。
「赫赫たる蒼穹」に舞う鳥は、壮麗で荘厳な筆致で描かれながらも、単なる象徴ではない。空を裂き、風を孕み、軌跡を残すその姿には、抑制された筆致の奥にほとばしる生命の熱が宿っている。
鳥の描写は大胆にして精緻、荒々しくも繊細だ。作者の視線は終始冷静で、詩的な感傷に流されることはない。
しかし、比喩の一つ一つが鼓動を持ち、読者に「生」の躍動を突きつける。まるで、画布に鮮烈な色彩をぶつけながらも、精妙な計算のもとに構成を練り上げたフランツ・マルクの絵画のように。
言葉に込められた力は、鳥の羽搏きとともに響き、永劫の飛翔へとつながっていく。抑制された筆致の中に宿る情熱が、この詩風を非凡なものにしている。


散文(批評随筆小説等) OMA issue 202501 Copyright おまる 2025-02-01 14:11:28
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