NWSF傳畸ロマン 斬魔屋カンテラ!!『生きてゐた小ノストラダムス』①
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki
〈神學も今日立つ瀬なし春隣 涙次〉
【ⅰ】
前述の通り、オーギュスタンの一件は莫大な収入をカンテラ事務所に齎した。杵塚にもたんまりボーナスが出て、「さて何に遣はう?」彼は今や事務所の居候で、家賃も食費もかゝらない身の上。久し振りにバイクでも乘るかあ! 倖世の一件はまだ彼の心に影を落としてゐたけれど、お蔭でカンテラ・ティームの一員となり、俺は禄を食んでゐる。
カワサキZ250。新車で買つて、ナビシステムその他、オプションを付けても、先のボーナスからはお釣りがくる。彼は(云ひ古された言葉だけれども)風となつて、全ての前歴を忘れる事にした。新しい戀人だつて、すぐに出來るさ。何しろ郷里のお袋が付けてくれた名前が、出遭ひの春多かれと、春多シユンタなのである。
さう云へばお袋にもご無沙汰してゐるな。まあその内直に...。
【ⅱ】
そのバイクは、何やら現行の『仮面ライダー』のマシンよろしく、ごてごてと部品が付いてゐて、じろさんの思ふ「單車」のイメージとは程遠かつた。が、パーティ會場まで送つてくれる、と杵塚が云ふので、じろさんタンデムシートの人となつた。
憂士閣大學の「同朋會」-所謂同窓會とは違つて、さまざまな年の卒業生たちが自由に親睦を圖れる、先輩後輩の別なく交はれるパーティ...。
じろさんは在學中、合氣道部に所属してゐた。憂大は特に、武道関係の傑出した卒業生を世に送り出してゐる、と云ふ事で著名である。まあ、じろさんは「合氣」の道を行かず、彼獨特の「古式拳法」を、大學の體育會とは関係なく修めたので、一匹狼的存在として、異彩を放つてゐたのだけれど。
「やあ、此井くん。久々顔を見せてくれたね。覺えてゐますか、田所です。お噂はかねがね」「おゝ、田所先輩!」これは珍しく嬉しい邂逅であつた。柔道部出身だが、グレイシー柔術を極めた、田所重兵衛タドコロ・ジフベイ先輩が、カクテルを片手に、にこやかに握手を求めてきた。
「道場の方、いかゞですか?」田所先輩は「それがね、」と言葉を少し詰まらせた。「だうかなされたんですか?」
聲のトーンが暗くなつた。「道場は閉鎖を決定しました」「え!」「これには譯がある。ちやうど貴方に依頼したい事があつたんですよ...お宅のカンテラ氏のご髙名に縋らうと、ね」
約束の時間に、杵塚が迎へに來た。じろさんは脳裏で、弟子たちがあらぬ道に惑つた、と云ふ田所の言葉を反芻していた。
【ⅲ】
テオの戀猫・でゞこが書齋に入つてきた。タニケイことテオは、今日は流石に大仕事の直後だつたので、事務所員としても、文筆業者としても、オフを取つてゐた。
で(これは勿論猫語で)「テオちやんおしごと?」テ「いや仕事は休み。本を買はうと思つて、PC見てたんだ」で「本つておもしろいの?」テ「僕はいつも勉強してゐないと、氣が落ち着かないんだ」で「ふうん。あたしこゝでおねむしてもいゝ?」テ「あゝさうしなよ」
日射しがさんさんと降り注いでゐた。晝寢には持つてこいだ。半ば朦朧と、テオはAmazonのブックカタログを眺めてゐた。その時、『いかさま道場主たち、とカンテラ一味』なる、主に自費出版を手がける「學術社」の刊行物を見逃してゐたのは、いくら休日とは云へ、テオの手落ちであつた事、否めない。
【ⅳ】
「ふうん、それでその先輩さんは、まあカルトと云つてもいゝよね、に道場員たちを盗られた、と」カンテラは外殻に籠もり、鋭氣を養つてゐた。
じろ「さうなんだ。なんたら云ふその『思想家』の講演会に入り浸つて、弟子たちは反目を始めたらしい、田所にね」カ「思想家、ねえ。名前なんて云ふの? テオに調べさせる」じ「オフ中皆には濟まんね。その男の名は、丸橋小吉マルハシ・コキチ」
カ「カルトつて云ふと、嫌な思ひ出が一つ」じ「小ノストラダムスか?」カ「さう、まあ奴は俺がとゞめを差したが、ね」
「珈琲ブレイクよ。カンテラさんも實體化して」悦美がトレイに珈琲カップと手製のクッキーを載せて、リヴィングに現れた。
悦「小ノストラダムスつて?」カ「嫌な思ひ出だよ。奴が書いた事は何でも實現化する、魔界の預言者さ。カンテラ撃退の切り札つて譯さ。ちやうど奴を、俺が魔界に入つて仕留めた時、悦美さんは『眠り姫』狀態だつたから、覺えてないだらうが」じ「恐ろしい敵だつた...。一度は俺ら、危うく奴の術中に嵌るところだつた。いやあの時は大立ち回りだつたなあ」悦「生き返つたつて事はないの? ほら、カンテラさん、魔界は何でも起き得る場所だ、つて、前に云つてたぢやないの。結局、鰐革さん*だつて蘇生したんだし」-これにはカンテラ・じろさん、思はず顔を見合はせた。
* 鰐革男。カンテラを殺ケさんとはるばる韓国から追つて來た、自稱・魔界のダンディ。