NWSF傳畸ロマン カンテラ・サーガ、ピリオド3『泰西堂主人』②
髙任勇梓 Takatoh Yuji
【ⅳ】
じろさんの愛車・臙脂色の三菱デボネアを、またオーギュスタンが大袈裟に「おゝ、ビューティフル!」と褒めそやしてゐる間に、クルマは川崎のホテルから中野區野方までじろさん、オーギュスタンを運んだ。
「元義と木曾義仲との接點は殘念ながら不明です。私もその占ひ師の話は出鱈目だと思ふ。あの書には祟りなすやうなところは、一切ありません。じろさんオーギュスタンさんご足勞さまでした」
詩の愛好者であるじろさんも、泰西堂ではよく買ひ物をする。この古本屋の良いところは、掘り出し物がある、と云ふ事に盡きる。現代にあつて、古本屋で「掘り出す」のは一苦勞だ。どこの店も、ネットでの価格に左右された本の値付け方をしてゐるせゐだ。
「ふーん、ぢや邪魔したね」じろさんはさつさと帰り支度して、二人は店を去つた。「いやに、あつさりしてるね、ムシュウ・コノイ」「あゝ、東堂さんは明らかに何か隠してゐるからね。さう云ふ時は粘つても何も収穫はない。瓢箪カラ駒と云ふ日本の云ひ回しが實現するやう、待つばかりさ」「何を、隠してゐるつて云ふんだ、トードーが?」「それは分からないよ。私の直感だ」
かう云ふ時のじろさんの「野性の勘」は頼りになるのだ。程なく、それは立証される事となる。
クルマがオーギュスタンの寄宿先まで辿り着く間、一つ椿事があつた。がたん、とクルマは突然路肩に乘り上げ、降りてじろさんが調べてみると、後部車輪が一つ丸ごと無くなつてしまつてゐた。「ダムダム彈だ!」まあ命あつての物種である。襲撃者は確かにゐるのだ…。
【ⅴ】
「じろさん酷い目にあつたんだつてね」カンテラが云ふと、「殺し屋に俺まで殺られるところだつた。飛んだとばつちりだよ」と、じろさん。
テオの方は順調だつた。ロマの占ひ師はパッツィ・ラ・モンテと云ふ若い女。「今ぢや、幾らロマでもケータイ使つてSNSやるご時世ですよ。彼女がインスタに來訪した有名人を上げてゝ、その中にオーギュスタンのショットもありました。キソ・ヨシナカつてのはやつぱり口から出任せらしいス」カン「守秘義務も何もあつたもんぢやねえなあ。ま、一つ謎が解けたんだから、いゝか」
テ「あ、それから、東堂さんの件。ジョーイ・ザ・クルセイダーの本名は、東堂浄治トウダウ・ジヤウヂ。関連性大いにありさうですね」じ「そりや突飛だなあ。懇意にしてる古本屋のあるぢに、世界的な殺し屋との結びつき? 分からんもんだな」
カン「じろさんご免。もう一度東堂さんに当たつてくれる?」じ「ラジャー」
じろさんが駆けつけると、いつもの席に東堂は坐してゐたものゝ、目は虛ろだつた。
「東堂さんだうしたんだい? しつかり氣を持つて」「此井さん…。浄治がご迷惑を…。」「あんたの弟さん、かな?」「さうなんです」
東堂のした話は、俄かには信じられないやうなものだつた。東堂兄弟には岡山の實家との確執があつた。酔ひどれの父、ほゞ女手一つで兄弟を育て上げてくれた母…。まあそこまではよくある家族の肖像だが、問題はそこから先。浄治は東京で古本屋を営み始めた兄・進吾とも反目し、その内に、「浄の會」と稱する秘密結社を立ち上げた。その結社は、極端な尊王思想とキリスト教異端が綯い交ぜになつた畸つ怪な思想を持つてゐた…。
「それで、なんでオーギュスタンの命を付け狙ふんです?」「岡山が誇る、平賀元義(元義は黑住教の影響を受けて、隠微な勤皇思想の支配下にあつた)の扁額を、フランスに持ち帰つたのが彼の氣に障つたらしいのです。私の事を國賊と散々なじりました。元義の書を海外流出させた、と云ふだけで。どの道彼は狂人なのです」
「ジョーイ・ザ・クルセイダーと云ふのは、浄治、さんの事、なんですね?」「はい。ゴルゴ13氣取りで殺し屋などを…」こゝで堪へ切れなくなつた東堂は、泣き崩れた。
【ⅵ】
「悦美さんにも危険な任務を一つ」「なあに、カンテラさん」「俺をオーギュスタンのホテルの部屋まで運んで慾しい」「お安い御用よ」「でもジョーイ・ザ・クルセイダーは何処で見張つてるか分からない。くれぐれも氣を付けて」「ラジャー。つてのわたしも云つてみたかつたの(笑)」
カンテラ(外殻)は、オーギュスタンのベッドサイドに吊り下げられた。「暫く男所帯だけど我慢してね、オーギュスタン」「オーケイ! 俺もカンテラたちの仲間になつたみたいで、嬉しいよ」カン(外殻の中から)「暢気なもんだぜ。ま、当分向かうさんの出方を探るとしやう」