NWSF剣豪ロマン カンテラ・サーガ、ピリオド3『からつかぜ』③
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki
【ⅶ】
じろさんに杵塚が渡した、倖世の詩- (題名は特にない)
黑い月光が私の躰を洗うとき
あなたはどこに居たのかしら?
私の坩堝の中
私は夜を嗤い 世を嗤い 邪魔っけな陽光を嗤い
あなたを嗤った
じろさんの中で野生がさうさせたのか、彼は紙に染みついたインクの臭ひを嗅いだ。「これは鑑識(と云つてもテオだが)へ」
杵塚は事務所内の設備、だう使つてもよい、とカンテラから聞いてゐたので、酔ひもさめる明け方ごろ、風呂に湯を張り、獨り入浴と洒落込んだ。彼が躰を洗つてゐる最中、
「ごめんよ」とじろさんがタオルで前を抑へ、風呂に闖入してきた。「濟まんね、私も風呂」。
杵塚は每日錢湯通ひだつたので、他人との入浴には慣れてゐた。「あ、だうぞ」-
それにしてもじろさんの左肩の彫り物には少々驚いた。大ムカデのジャパニーズ・タトゥー。「これか? こりや私の若かりしみぎりの名殘りさ。大藏官僚、と云ふのは通りが良いけど、實際は喧嘩要員でね」訊けば、予算分獲りにくる陣笠議員とか他省の若い役人とか、千切つては投げ、の日々だつたと云ふ。
「この風呂で」と湯に浸かつたじろさん、問はず語り。「カンさんと悦美はしつぽり濡れてゐるつて譯さ。カンさんだつたら、悦美をくれてやつてもいゝ。然しカンさんには戸籍もないし国籍もない」じろさんの語りには、杵塚、つひ引き込まれた。カンテラの大胆さと比して、日本人の琴線に触れるやうなやり方で、杵塚との文字通り「スキンシップ」を圖つてきたのだ。
「杵塚くん、彼女とのなれそめは?」「ほんの行きずりの積もりだつたんですが…さう云へばあいつの事、何も知らないな俺」
熱い湯だつた。のぼせ氣味で二人は躰を拭いた。窓の外、月はもう見えなかつた。
【ⅷ】
早朝からテオは一人(一匹)、PCのキイをかたかた云はせてゐた。悦美の肩から、一箇のカンテラがぶら下がつてゐて、更にじろさんが腕組みをして傍らに立つてゐる。
テオ「インクと見えて、實はヒトの血です。それも男性。恐らくは杵塚くんのものでせう」
カンテラ(外殻)の中から、聲。「どんな【魔】なんだい? 憑依性のもんか?」
テ「多分ね」じろ「何者かゞ取り憑いて、彼女を支配してるつて譯かい?」テ「99.9%さうでせうね」他にデータは? 世界的に見てだう? 厄介なケースなのかい? Etc.
テオはそのいちいちには答へず、熟考してゐた。「やらなきや、杵塚くんが憑り殺されてしまふ-」カン「斬るか」テ「潮時でせう」
【ⅷ】
倖世は杵塚に見捨てられたかのやうに、一人寢してゐた。すつとカンテラ(人間型の)とじろさんが部屋の上がり框に立つた。じろさんは黑づくめの装束で、覆面をしてゐる。
ごそり、音がした。「ふはゝ、二人來ても同じぢや。もそと近う寄れ」惡鬼は目醒めてゐたのだ。と、ばたばた…。「倖世! お二人とも、何を」タイミング惡しく、杵塚が血相を變へて部屋に入り込んできた。カン「ち!」
テレビの電源が點いた。誰もリモコンはいぢつてゐない。靑痣を透かして、鬼の形相の倖世が牙を剥いた画像- 「斬れるもんなら、斬つてみやれい! この女ごと、な。ふはゝ」
杵塚「やめてくれ! お願ひだ!」じろさんは明らかに度を失つてゐる杵塚の、鳩尾を突いた。「うつ!」彼は失神した。カンテラはすらり、と腰の物を拔き放つた- 「斬れ斬れ云ふなら、望み通り斬る迄」【魔】「何? お前には人の心がないのか?」カン「ないよ」
「しえええええいつ!」彼の剣の上に、倖世の首が載つてゐた。じろさんは瞑目した。「南無」。何処かで、風の音がする。ひゆるるる-
お仕舞ひ。
【ⅸ】
じろさんは降りしきる日射しの中、でゞこを膝に抱いて、片眼を瞑り、物語の成り行きを見守つていた。「少しエンディングが虛し過ぎやしないかい?」
タニケイことテオ「ま、こんなとこでしよ」。
お仕舞ひ。