NWSF剣豪ロマン カンテラ・サーガ、ピリオド3『からつかぜ』②
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki

【ⅳ】

 杵塚は倖世と散歩に出てゐた。
 實際に神田川は野方の街に流れてゐる…川沿ひにその公園はあつた。公園の名などは知らぬ杵塚であつた。
 草野球を樂しむ施設は整つてゐた、が、それ以外には何もないところだつた。たゞ冬の柔らかい日射しに包まれて、二人つきり。と思ひきや先客が、ゐた。首から何か異様な物を下げている、何だか浮世ばなれした美女。一人。獨語を吐いてゐる。何だらうこの人は。杵塚は不審に思つた。
「カンテラさんこゝでいゝわね? 全くお休みだつてのに、剣術のお稽古とは、わがリーダーながら天晴れだわ」
 ベンチにその「異様な物」を置く。すると…驚いたことに(それはカンテラ- 謂ふなれば灯油の火で明かりを燈す、携帯用のライト。ランタンとも謂ふ。これはかつてはと或る烏賊釣り漁船に提げられてゐた、骨董品中の骨董品である。)そこから聲がする。
「まあさう厭味を云ひなさんな。悦美さん。南無Flame out!!」更に杵塚は吃驚してしまつたのだが、そこから『アラディンと魔法のランプ』のお話みたいに、男が「實體化」して現れた!
 つひぽけーつと見とれてしまつたが、それは例の「カンテラ一燈齋」であつた。衣服はこの前と變はらない。
「ねえ春ちやん、あなた本当に知らないの? 健康な男性として由々しき事だわ。あれはカンテラさんの秘書であり戀人、悦美さんよ。グラヴィアが出回るくらゐの美女なんだから!」「そんな事云つても知らんものは知らん。だが確かにゴージャスな美女だ」そのゴージャスさを鼻にかける事なく、悦美という女は素足に突つかけが寒さうなジーンズ穿きだつた。
 カンテラはこのカンテラ(やゝこしいが)に巣食ふ火のスピリットであり、アンドロイドである。そんなイレギュラーな人物? が現實にゐていゝものか。杵塚の頭は混乱した。
 倖世はさつそく悦美と云ふ美女と、女同士のおしやべりを樂しんでゐる。カンテラが徐ろに杵塚に近づき、話しかけた。「あんた、この前『泰西堂』で會つたな?」
 やゝ吃りつゝも杵塚は答へた。「カンテラさん、ご髙名は彼女(顎をしやくつて、倖世を指す)から伺ひました」意外にもカンテラは氣さくだつた。「あんたは眞面目に映像関係の勉強をしてゐるらしいな。俺の八卦にさう出てゐたよ」-カンテラは眞言密教の秘法を遣ふ魔導士でもある。
「せつかく知り合つたんだ、あんた何やら悩みを抱へてゐさうだ。話してみ」
 圖星を突かれて、却つて杵塚は黙モダしてしまつた…。


【ⅴ】

「實は。あれ(とまた倖世を顎で指す)と寢てゐる時、非常に重苦しい感じがして、つひ魘されてしまふんです」初對面に近いのに、その言葉たちはするすると杵塚の口から出た。
「あれ、を起こしてしまふんです。あれ、と會話、二三言すると、その氣色惡さは氷解するんですが」
 ふむふむ、とカンテラは聞いてゐる。「あんたうちの事務所に來て、ティームの記録係になつてくれないか。だうせ今、職はないんだらう? 事務所に居候してくれても構はない」「え?」「契約金替はりに、俺がその【魔】、斬つてやるよ」
 余りの即決ぶりに杵柄は惑乱した。但し、表には出さずに。
「カンテラさんには、【魔】とやらは見えてゐるんですか?」
「まだはつきりとは云へぬ。うちの優秀な情報収集係(これはテオの事である)が調査してくれるよ」「それぢやあ、あんまり厚かまし過ぎやしませんか」「いや、袖触れ合ふも何とやら、だ。あんた、、、杵塚くんだよね。イケる口なんだらう? 立ち呑みでよければ、美味い酒が出る店がある。そこで落ち合はう。」


【ⅵ】
 
 杵塚の歓迎會はしめやかに、野方の老舗酒屋「大黑屋」で行はれた。これが- とカンテラは主人を差して、「布施勝フセ・マサル、通稱カッちやん」、それから安保宙輔アンポ・チウスケ。下町の航空機器などの精密部品工場で、重役を勤めてゐるんだ。本人は重役つてのを嫌がつて、現役に拘つてるんだがね。俺のカンテラ- 外殻のオーヴァホールをやつて貰つたり、あとこれ内緒だけど、うちの天才猫・テオ(IQ200)と共同で、「秘密兵器」開發したり、ね。『サンダーバード』のブレインズ博士つてゐるだらう? あんな人だよ。
 一氣に語り、カッちやんの吟味して出してくれた奄美の黑糖焼酎『奄美』などには目をくれず、アルコール度數75%の火酒をぐいと呷つた。これくらゐ度數が髙くないと、こなれが惡く、人造の躰に障る、と云ふ。
 みなみな宜しく、と云ふ和やかな場であつた。

 ふと「彼女さんは? 置いてきた?」と安保さん。杵「えゝ、男同士の触れ合ひの場には邪魔かと」安「詩人なんだつて?」と、その時、
「詩を、預からせて貰はう」と、店に入つてきたのが此井功二郎コノイ・コウジラウ。カンテラ「これ、俺の相棒、此井功二郎。かう見えても(じろさんはダンディだが、本人は至つて風采が上がらない)霊長類最強つてぐらゐ、喧嘩が強い。古式拳法の達人だ。詩の愛好者でもある。悦美の父親」やあやあ。安保さんとじろさんの初老的心友的交流については、またの機会に。

 皆(カンテラ以外は)へゞれけになつて店を出た。午后十一時。氣のおけない所謂「角打ち」だつたが、それが却つて杵塚の心にぢん、と來た。身柄をカンテラ事務所に寄せる事は、その場で決意した杵塚だつた。



散文(批評随筆小説等) NWSF剣豪ロマン カンテラ・サーガ、ピリオド3『からつかぜ』② Copyright 川崎都市狼 Toshiro Kawasaki 2025-01-30 15:08:22
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