わりと頭のいい家系
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「ねえ、神様っていると思う?」
ああ、こいつ詩人なんだな、と思う時はこういう時だ。
さっきまでプリン食ってなかったっけ、一人で。
「いない」
俺は執拗に寸胴鍋を掻き混ぜながら言った。面倒臭かったのだ。
「いないんだ」
弾んだ声が返ってくるのを聞きながら、その表情を想像してげんなりする。
そうだ、いねえんだよ、と頭の中で逆鱗に触れられたかの如く怒る俺がいる。
「カルボナーラとミートソースどっちにするの」
「ペペロンチーノ」
「あい」
スパゲッティ茹でちまったじゃねえか、と思う。確かにんにくも唐辛子も生の奴が残っている。レトルトで済まさなくて良かったのに。
「俺んちわりと頭のいい家系でね、神職にって誘われるぐらい」
「お説教なら聞かない」
「まだ違う」
茹で過ぎた。ような気がする。コンビニのプリンが食べられる人にそこまでのこだわりがあるかどうかを少し考える。やっぱり茹で過ぎたな、と思う。思いながら食器を揃えて盆に載せる。
「神様がいるかどうかは分かんないんだけど、神様を感じることはある」
「難しい話?」
「思い出」
彼は少し困った顔をした。俯き加減にテーブルクロスの皺を伸ばしながら、人の話を聞いているようなそぶりをしている。大体それが聞いていない時の態度だと分かるようになって、なんとなく自分がエスパーにでもなった気がしてくる。別に何も言っていないのに、はっきりと分かるのだ。
「売春宿の子を見たことがあって」
箸で、と即答されて、そうですか、と箸を並べる。まあ、食べやすいのは箸だ。
「びっくりしたのは、その子がどうだったか、じゃないの」
「綺麗だったとか、不細工だったとか、可愛かったとか、そういう感想じゃないの?というか、神様の話は?」
「売春宿って聞いてそもそもびっくりしないことに俺は驚くんだけど」
「ほんの少し前まで当たり前だったんじゃない?知らないけど」
多分今頭の中でハーゲンダッツの事を考えている。聞いていないのだ。馬の耳に念仏とは言うけど、と皿の端を突きながら、いつものように投げやりに俺は話を続けた。
「一緒にいた仲間がさ、花火でも見たように盛り上がっちゃって」
「その子、綺麗だったんだね」
「そこ?俺はあの時に神様を感じた」
「なんで」
どうでもいい時の相槌を打たれる。べとべとのスパゲッティの何処が美味しいんだ、と思う。
「神様、あの子があの時感じた孤独を、救えるだけの言葉ってあったんですか、って」
「やっぱり難しい話だった」
「難しくないだろ。人と神の境だよ」
「難しい。お代わり」
自分が作った物でも冷めない内に食べるのは、もはや何かしらの正義と言っても良かった。スパゲッティではなく水を欲しがる失礼な人間にも怒らない。俺は人が好い。
「その子とどうにかなりたいと思わなかったの?」
「残念ながら。気が付いたら仲間をぶん殴ってた」
「君、それでよく真人間みたいな顔してるね」
彼は楽しそうに笑った。俺が人を殴る所を想像するのが面白かったらしい。小さかったんだよ、と膝ぐらいの高さまで手を下げて示しながら、頷く。
「あの子はあの子で強くなるべきだし、なったと思うけど」
「神様なんていない」
彼は、ハーゲンダッツ買ってくる、と言って上着を羽織ると背中を丸めて部屋を出て行った。