贋物譚
川崎都市狼 Toshiro Kawasaki
坂口安吾に。
さあさ寄つてらつしやい観てらつしやい
不思議の不思議のまた不思議
不思議の國のお伽だよ
チョン・チョン・チョン
(さう拍子木を鳴らしつゝ、紙芝居屋は
飴を賣る。頑丈な彼の自轉車は後ろに停めてある)
いろいろな夢ありますが
私に云はせりやまだまだ淺い
眠りの幕が下りた後
私の夢を語りませう
(彼の深い眠りについての講釈ひとしきり)
疲れて帰つた父トト様の
おせなを流してあげませう
坊ちやん嬢ちやん良い子だね
晩酌酌いで進ぜやう-
(自分にもこゝに詰めかけてゐる子らと
同じ年ごろの息子・娘があると云ふ。彼にも
綺麗なお上さんがゐるのだ)
さあ黄金バットの冒険譚
ずんと飛び出す紙芝居
不思議の國での活躍は
またの機會に譲ります
(こんなところでお里がバレてしまふ。紙芝居屋は
贋ものだつたのだ。マフラーの色がいつもと違ふ)
眠りに-
(子供らは催眠狀態にある)
眠りに-
(こつくりこつくり。ハーメルンの笛吹き宜しく
子供たちは連れ去られやうとしてゐる)
眠りに-
(まづは上等な上着を着てゐる-と云つてもさうはゐない-
女の子、上玉だ。次に普通の「平民」の子、最後に
場末横丁の子)
眠りに。
(彼は自轉車に跨る。哀れな被害者たちは列をなして朦朧とその後を着いて行く)
ガキ攫ふ稼業も、流行小説ぢやないが『斜陽』ぢやの。
飴玉に混ぜる眠り藥も、なかなか入手し難くなつてきたわい。
まあいゝ。いつか儂の世がくる。
いつか儂の世が。
これにて物語はお仕舞ひ。皆さんも贋・紙芝居屋には
くれぐれも御用心、それでは!
#詩